稲の花真似されぬよう描く模様

散文
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稲の花が咲きそろう田の風景は、どこか静けさと儚さを感じさせる。白く淡い花が穂に寄り添いながら、風に揺れているその姿は、野辺の光と影に溶け込むようだ。稲の花はひっそりとその美を保ち、自然の中でしか見えない柔らかな姿を湛えている。それは人の手では決して真似できない、自然が描き出す微細な模様のひとつであり、独特な命の輝きだ。

絵に描きとろうと筆を走らせても、その線の一つ一つにはどこか限界がある。白い花が風に揺れ、陽光を受けて儚く光る瞬間を、ただの形として切り取ることは難しい。描こうとすればするほど、稲の花の本質は人の手をすり抜け、遠ざかるように思えてくる。人間が持つ色や線では、この淡い存在感を忠実に表現することは難しいのかもしれない。

だが、それでもなお、稲の花の模様を感じ取ろうとする気持ちは捨てがたい。描くという行為を通じて、秋の田にひそむ生命の律動や、自然が営む静かな美しさに触れたいという思いが、絵筆を握る手にしみついている。線が足りず、色が薄くとも、その欠けた部分にこそ稲の花の持つ余白と静寂が映り込むのだと信じたくなる。

描き上げた模様には完璧さはないが、稲の花に近づこうとするその心だけが、紙の上に残る。描くことを通じて、わずかにでもその清らかさや、秋の深まりを自らの中に抱きとめているかのような感覚に包まれ、稲の花の気配が静かに心に根を下ろすのだ。

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