チューリップ入りそうで入らない

散文
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花瓶の口にチューリップを差し入れる。その茎は思いのほか長く、少し硬さを残している。押し込めば折れてしまいそうで、かといって切るには惜しい。ほんの数ミリ、入りそうで入らない。そのわずかな距離が、妙にじれったい。

春の花はどれも柔らかいものだと思い込んでいた。けれどチューリップの茎は意外に頑固で、手の力加減を問いかけてくる。入れるでもなく、諦めるでもなく、そのまま花を握りしめたまま、しばらく立ち尽くす。

入りそうで入らないものは、春には多い。言葉も、気持ちも、光さえも。差し出したつもりのものが届かず、受け止めたいものが指の間をすり抜ける。チューリップの茎の感触は、そのまま春の不器用さに重なった。

ようやく花瓶に収まったとき、チューリップは何事もなかったようにすました顔で立っている。入らない時間も、迷った手つきも、すべてなかったことのように。けれど、春はいつもそうだ。ぴたりとはまる瞬間のために、入りきらない時間を抱えながら過ごすものなのだ。

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