いたずらサッカー

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その日は、娘が「いたずらサッカーしよう」と誘ってきた。
いたずらサッカーが何なのかは、正直よく覚えていない。たぶんボールを蹴るというより、蹴るフリをして笑うとか、ゴール前で急にルールが変わるとか、そういう類のやつだ。リビングには夕方の光が溜まっていて、床にはさっき脱いだ靴下が丸まっている。私はソファに沈み込み、体の奥にじわっとした疲れを抱えていた。

「今日は疲れてるからやらないよ」
そう言うと、娘は一瞬きょとんとして、次の瞬間、はっきりと怒った。声を上げるでもなく、顔に「怒」の字を貼り付けたような表情で、こちらを見上げてくる。ああ、これは地雷だったな、と思う。

妻が見ていたので、「ちょっと疲れてるんだよね」と言うと、「気を使うから嫌だな」と返ってきた。なるほど、私が疲れている=イライラするかもしれない=空気が重くなる、という連想だ。理屈はわかる。わかるけど、じゃあ疲れてることは黙ってろってことなのか、という気持ちも同時に湧いてくる。

妻が疲れているときは、妻も普通にイライラする。私だって気を使う。お互い様じゃないか、と喉まで出かかるが、飲み込む。飲み込んだ言葉は、胸のあたりでぬるく溜まる。

そんな時、妻は「義母のいとこに手伝ってもらおうか」と言った。この頃私たち家族は、下の子の出産育児で妻の実家に滞在しており、義母のいとこは近くに住んでいて、娘とよく遊んでくれた。でもすぐに「でも、家に来たらあなたイラつくでしょ」と妻は続けた。
確かに、嫌いではない。むしろ好意的だ。ただ、ラフにゴロゴロしながら話せる間柄ではない。疲れているときに妻の親戚が来ると、背筋を伸ばさなきゃいけない感じがして、余計に消耗する。

「じゃあ、あなたは2階にこもってたら?」
そう妻に言われた瞬間、なんだか変な気持ちになった。2階の廊下は静かで、窓からの光が白く、誰もいないときは少し寒々しい。疲れて寝るためならいい。でも、ただスマホをいじるために、家族のいる空間から追い出されるみたいなのは、どうにも腑に落ちない。

「それは嫌だな」
私はそう言った。家にいるのに、なぜ自分が隠れる側になるのか。疲れている家族が1人いる、という事実も含めて、この家じゃないのか、という気持ちがあった。

もちろん、イライラを正当化したいわけじゃない。ただ、疲れて不機嫌になることもある、という状態ごと受け止めてほしい、という甘えがあったのも事実だ。
娘はすでにいたずらサッカーへの興味はなくなっており、リビングのソファで人形の髪を触っていた。いたずらサッカーに使われたかもしれないビニールボールは隅に静かに転がっていた。家族って、こういう微妙な疲労と感情の置き場を、毎回探しながら暮らしてるんだな、とぼんやり思った。

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