トイレ

エッセイ
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10時起床。
カーテンの隙間から入る光はすでに朝というより昼寄りで、部屋の空気は夜の名残と生活臭が半々に混ざっている。私は布団の中でそのままスマホを手に取り、世界のどうでもいい情報を指先でなぞっていた。

すると、横から声が飛んできた。
「パパ、はやくトイレに行って」

いや、起きて10分も経っていないのだが。
私が?なぜトイレ。しかも急かし気味。私は状況が飲み込めず、スマホを持ったまま娘を見る。娘は布団の横に立ち、両手を前でぎゅっと握っている。目が真剣だ。妙に使命感がある。

あとで妻に聞いて、ようやく事情が分かった。
娘は、私と遊ぼうとしていたらしい。

昨夜というか、正確には朝7時まで、私は赤ちゃんの対応をしていた。ようやく寝て、起きたのが10時。娘にとっては、待ちに待った「パパ起床」イベントであった。
妻が娘にこう言ったのだという。
「お父さん、ご飯食べた後なら遊べると思うよ」

娘はそれを、極めて論理的に解釈した。

パパは毎朝、起きたらまずトイレに行く。
次に体重を測る。
それから朝ごはんを食べる。

これは私の長年のルーティーンであり、もはや儀式だ。体重はできるだけ“空っぽ”の状態で測りたい。昨日の自分との、誠実な対話である。

娘はそれを知っている。
だから、遊ぶためには、まずパパをトイレに行かせなければならない。
そういう算段だったらしい。

「パパ、はやくトイレ」
娘の声には焦りがあった。遊びたい気持ちが前のめりになりすぎて、工程管理にまで口を出してきている。
私は布団の上でスマホを持ったまま、ふと納得した。

なるほどね、と。

娘の頭の中では、
起床 → トイレ → 体重 → ご飯 → パパと遊ぶ
という完璧なフローチャートができあがっていたのだ。私はただ、その歯車の一部として、速やかにトイレに行くべき存在だった。

洗面所に向かう途中、朝の光が廊下の床に細長く伸びていた。娘は後ろからついてきて、私の背中を見張っている。
逃がさない、という感じだった。

ルーティーンというのは、案外、他人の期待にも組み込まれていくものらしい。
その日、私は少しだけ急いでトイレに行った。
遊びの開始時刻を、遅らせないために。

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