競走、止まる

エッセイ
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みんなで家を出る。玄関を出て、娘が靴音を鳴らしながらこちらを振り返る。
「パパ、競争しよう」
マンションの部屋からエレベーターまでは、ほんの数メートル。一直線の廊下を進む必要がある。競争と言うほどの距離でもないけれど、娘にとっては立派なレースコースだ。

「よーい、スタート」
合図と同時に娘は全力で走り出す。小さな背中がすっと遠ざかっていく。その一方で、私は走らない。廊下の白い壁と、昼間の光が反射する床を眺めながら、あえて立ち止まる。

しばらくして、娘がちらりと振り返る。「あれ?」という顔で、もう一度こちらを見る。そして少しスピードを落とし、ついには立ち止まる。その瞬間を待っていたみたいに、私は走り出す。足音が廊下に響き、娘の横をすっと抜き去る。エレベーターの前に先に着いて、振り返って言う。
「はい、勝ちー」

次の瞬間、「パパずるい!」と娘が声を上げる。頬を膨らませて、本気で怒っている。大人げないと言われれば、その通りだ。完全に大人のずるさである。

でもまあ、娘にも油断があった。途中で立ち止まったり、後ろを気にしたり。ゴールはエレベーターの前だと決めたなら、最後まで走り切らなきゃいけない。そんなことを考えながら、私は内心で「うさぎと亀」を思い出している。
もっとも、この話のうさぎは私で、しかも反省もあまりしていないのだけれど。

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