外骨格型スーツ(パワードスーツ)の例。装着者の筋力を強化し、重作業や高齢者の歩行支援などに活用できる。
身体や五感をテクノロジーで拡張する技術が続々と登場しています。例えば工場や建設現場、災害救助で注目される外骨格スーツは、モーターで人間の筋力を補助する装置です。アメリカ・ExoHeaver社の装着例では、エンジニアがスクワット姿勢で作業するとき、腰や脚部を動力サポートして重い荷物を持ち上げやすくしています。こうしたスーツは重労働の負担軽減やリハビリ支援に利用されつつあります。
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触覚インタフェース(ハプティクス) – ユーザーの手や体に振動や力を与えて「触れる」感覚を再現する技術です。シャープはVR向けに、オレンジ色のフィルムで包んだ触覚ユニットを指先に当てる外骨格型コントローラーを開発し、ザラザラ・つるつるといった質感を指先に伝えています。同様の機能を持つグローブ型デバイスもあり、装着のしやすさと指先の自在さを両立する研究が進んでいます。ゲームや遠隔通信で実物のような触感を再現できる可能性があります。
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脳波/脳–機械インタフェース(BCI) – 頭部に装着した電極で脳波を測定し、コンピュータやロボットを思考で操作する技術です。MITの研究では、大腿部の神経につながる義足を開発し、被験者が「考えるだけ」で歩行制御できることを示しました。この新義足を使った人たちは従来の義足よりも速く歩き、障害物も素早くかわせるようになったと報告されています。また、神経インターフェイスで脳と義肢を結ぶことで、義肢が「自分の体の一部」のように感じられるとされます。理研などでも、多数の選択肢を同時に操作できるリアルタイムBCIの研究が進んでいます。
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高度義手・義足 – 筋肉からの微弱電位(筋電)で意図を読み取る高度な義肢。東京理科大などは5本の指が独立して動く筋電義手「BITハンド」を実現し、日常生活の把持動作の85%をカバー可能と報告しています。Nature Medicine誌の研究では、神経インターフェイス義足の歩行速度が41%向上し、健常者と同等の最高速度に達したと報告されており、身体性と一体化した新世代義肢の実現が近づいています。
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ウェアラブルデバイス・AR/VR – 触覚以外にも、体に装着してセンサーや映像を活用する技術です。軽量VRヘッドセットやARグラス、センサーバンドなどで五感を拡張し、日常の情報を即時に身につける試みが進んでいます。例として、スポーツ用ウェアラブルでは筋肉や脈拍のデータを収集し、リアルタイムで動作をアシストするものがあります。技術哲学者マクルーハンも「メディアとは人間の身体の拡張である」と述べているように、これらのデバイスは文字通り我々の身体機能を拡張する役割を果たしています。
Contents
応用例:生活・医療・スポーツ・エンタメへの広がり
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医療・福祉 – 上記の高度義肢・外骨格スーツは、事故や病気で身体機能を失った人々のQOL向上に直結します。MITのバイオ義足は重度下肢切断者の歩行能力を劇的に改善し、脳卒中患者のリハビリ支援用ロボットアームも実用化されています。さらに、経頭蓋磁気刺激(TMS)や経頭蓋直流電流刺激(tDCS)といった脳刺激技術は、疼痛緩和やうつ病治療の補助療法として研究されています。
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日常生活・遠隔コミュニケーション – 触覚共有デバイスにより、遠く離れた相手と触れる感覚を共有する実験も進んでいます。九州大Ho Haptics Labの研究では、遠隔地で触覚情報を補うと「共在感」が高まり、コミュニケーションが豊かになることが示されています。VR空間では触覚センサー付きコントローラにより、実際に物を触っているような体験が可能です。また、VRアバターやメタバースにおいて、義手義足での歩行やボディトラッキング技術を利用し、アバターの身体表現を拡張する試みも増えています。
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スポーツ・トレーニング – 脳波やバイオフィードバックを活用したメンタルトレーニングが普及しています。たとえば「BrainBit」や「Muse 2」などのヘッドセットでは、音楽を聴いたりゲームをしたりしながら脳波を測定し、集中力を高めるコンテンツをリアルタイムに提供します。このようなニューロフィードバック訓練は主にアスリートが利用し、数週間の使用で集中力向上やストレス低減の効果を実感する事例が報告されています。さらに、筋電義手を使った射撃訓練やウェアラブルジャケットを着用した姿勢矯正など、テクノロジーが競技力アップや障害予防に役立てられています。
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エンターテインメント・ゲーム – 家庭用VRゲームや映画館の4DXライクな体験でもハプティクスが注目されています。GAME Watchの記事では、振動素子を組み込んだソファ型デバイスのデモとして、仮想空間でグラスの中にガラス玉を落としたり水を注いだりする音に合わせ、座面が重量感の変化を振動で再現。参加者は“コップに中身が入って揺れる”感触を味わえたと報告されています。こうした技術は映画・ゲームの臨場感を高めるだけでなく、視覚・聴覚障害者のために触覚情報で物語を伝えるユニバーサルデザインにも応用可能です。
神経科学とHCIの交差点:脳から生まれる新しい操作系
実験室で脳波(EEG)キャップを着用し、コンピュータの画面上のカーソルを操作する被験者。脳活動をリアルタイムで解析してインタフェースに反映する技術は、VR制御やロボット操作など新たなHCI手法として注目されています。
脳科学と人間―コンピュータ相互作用(HCI)が融合した研究も活発化しています。理化学研究所(理研)では、脳波(EEG)を用いてコンピュータや車椅子、神経義手などを制御するブレイン・コンピュータ・インターフェイス(BCI)技術を開発中です。当初は身体障害者や高齢者の新たなコミュニケーション手段として期待されていましたが、今では「没入型VRの操作」や「マルチメディアコミュニケーション」への応用も提案されています。たとえば、被験者が特定のパターンに集中すると、それに対応する映像や音声を画面上に選択して送る実験が実現しています。
さらに、AI技術と組み合わせた「感情認識BCI」や「ニューロフィードバックUX」も研究されています。ユーザーの脳信号から疲労度や注意力、さらには喜怒哀楽といった情動状態を推定し、画面の明るさや音楽を自動調整する仕組みなどが検討中です。また、脳内で形成される「アイトラッキング回路」や「運動想像信号」を利用して、文字入力やロボット制御を行う研究も進展しています。このように、脳科学の知見を生かした新しいインタフェースは、従来のキーボード・マウス操作を超えた直感的な操作系を可能にしつつあります。
『人間とは何か』を問い直す身体論・存在論
技術による身体拡張は、哲学的な「人間性」への問いも投げかけます。メディア理論家マクルーハンは「メディア(技術)は人間の身体の拡張である」と述べており、私たちは古来より道具で身体機能を延長してきました。しかし現代では、技術がただの「手段」ではなく、人間の存在そのものを形づくる力だと指摘されています。WIREDの記事では「道具は外部の物体ではなく、身体と世界を結び直し、人間そのものを形づくる力」であると論じられました。つまり、刃物の重さや火の熱さといった「手触り」を通じて身体に根付いてきた感覚が、画面上の操作だけでは得られない重要な知識をもたらしていたわけです。現代人は便利さを追求するあまり、触覚的・身体的経験を失いがちですが、AI時代にも「実体を通じた身体知」が技術と上手に付き合う鍵になると考えられています。
近年は「ポストヒューマン」や「トランスヒューマニズム」の概念も議論されています。AIやバイオテクノロジーの進展で人間能力が強化される未来を予測する声は多く、Ray Kurzweilの「ポスト・ヒューマン誕生」(2007年)やHarari氏の『ホモ・デウス』(2016年, 2018年)はその代表例です。これらは、いまの人間の身体・精神像を超えた存在の可能性を示唆しています。一方で、「人間の定義が変わるなら、自我や自由意志、命の意味はどうなるのか?」といった懸念も根強く、技術依存によるプライバシー・倫理問題や社会的格差の拡大も併せて考える必要があります。最終的には、技術と身体の関係を問い直すことでこそ、「人間とは何か」という根源的な問いに対する新たな答えが見えてくるでしょう。

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