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はじめに
近年、デジタル技術の進歩やDX(デジタルトランスフォーメーション)の潮流を受け、製造業ではスマート工場への取り組みが加速しています。スマート工場を実現する上で重要な役割を果たすのが**MES(製造実行システム:Manufacturing Execution System)**です。MESは工場の製造工程をリアルタイムに管理・可視化し、生産性や品質向上に寄与するシステムであり、企業全体を管理するERP(基幹システム)と現場の製造装置や作業をつなぐ“橋渡し”的存在です。大手機械メーカーの新工場立ち上げプロジェクトでも、DX部門と製造部門が連携してスマート工場構想を具体化する中で、MESの選定から導入計画策定が成否を握る重要なテーマとなっています。
図:MESはERP(経営資源計画)と製造現場をつなぎ、製造工程の実行を管理する中核システム。 図中ではPLM(製品ライフサイクル管理)が製品BOMや工程情報を提供し、MESがそれを基に現場を制御、ERPへ実績を報告する流れを示している。
本記事では、製造業のIT担当者に向けて、新工場におけるMES導入を成功させるためのポイントを解説します。プロジェクトの概要としては、「スマート工場化ロードマップ策定」「MES導入企画・パッケージ選定とPoC推進」「BOM・マスタデータの再整備と工程設計支援」「進捗・課題・リスク管理とステークホルダー調整」といった内容が含まれます。以下ではこれらのステップに沿って、MES導入の成功に必要な取り組みポイントを専門的かつフォーマルな視点でまとめていきます。
ロードマップ策定と現状把握
まず最初のステップは、スマート工場化に向けたロードマップの策定です。これはゴールを見据えた包括的な計画を立てる段階であり、成功の土台となります。新工場で実現したいビジョン(例えば生産の見える化、ペーパーレス化、トレーサビリティ確保など)を明確にし、そのために必要な施策を時系列で整理しましょう。詳細な現状分析と業務ヒアリングも欠かせません。現場の製造プロセスや既存システム、課題を徹底的に洗い出し、DX部門・製造部門の関係者から要件を引き出すことで、計画に現実性と妥当性を持たせます。この段階で明確に定めた目的とKPI(例えば不良率○%削減、リードタイム○%短縮など)は、プロジェクト全体の指針となり、以降の意思決定もブレにくくなります。
ロードマップ策定においては、段階的なアプローチを計画することも成功のポイントです。いきなりフルスコープの導入を目指すのではなく、優先度の高い領域から着手し、段階的に拡大していくことでリスクを抑制できます。例えば、まずは一部工程でMESをパイロット導入し、その効果を検証してから全体展開する、といったスモールスタート戦略も有効でしょう。このように周到な計画立案と現状把握を行うことで、「何をいつまでに実現するか」が全員に共有され、プロジェクトの推進力が高まります。
適切なMESパッケージ選定とPoCの活用
ロードマップが描けたら、次はMESソリューションの選定です。現在、市場には国産・海外製を含め様々なMESパッケージが存在し、それぞれ機能特性や得意分野が異なります。自社の業種・規模やスマート工場化の要件に合致したMESを選ぶことが成功への近道です。評価のポイントとしては、「業界での実績があるか」「自社の既存システム(例えばERPやPLC/SCADA等)との統合連携が容易か」「必要な機能が標準で備わっているか、カスタマイズ性はどうか」「将来の拡張性やベンダーのサポート体制は十分か」等が挙げられます。候補の中からこれらの観点で比較検討し、ベストなパッケージを選びましょう。
選定段階では、PoC(概念実証)の活用も非常に効果的です。PoCとは本格導入前に小規模な実証を行うことで、システムの有効性や課題を事前に検証するプロセスです。実際のMES導入案件でも、PoCを通じて「使ってみたら現場になじまない」という失敗を防ぐことが推奨されています。例えば、ある事例では製造装置ごとの計画数と実績をガントチャートで可視化する簡易機能をわずか半日で試作し、現場にデモを行ったところ、生産現場を含む社内の導入機運が高まったケースもあります。このようにPoCにより重要機能の試験運用や現場からのフィードバック収集を行えば、フルスケール導入時に想定外の問題が起きるリスクを大幅に減らせます。結果として、選定したMESが自社のニーズにマッチし、現場も納得した上で導入を進めることができるのです。
BOM・マスタデータの整備と工程設計
MES導入プロジェクトで見落とせないのが、BOM(部品表)や各種マスタデータの整備です。MESは生産スケジュールや実績を管理するにあたり、製品構成や工程手順などのマスタ情報を参照して動作します。したがって、マスタデータが不正確であったり工場ごとにバラバラな状態では、MES本来の効果を発揮できません。実際、PLM(製品ライフサイクル管理)システム等で全社統一の製造BOMや工程(BOP)を管理していない企業では、工場ごとにマスタの粒度・構造が異なり、MES導入時にそれを整合させる必要に迫られるケースがあります。この整合作業ができないと、最悪の場合は工場ごとに別々のMESを個別対応で構築せざるを得なくなるでしょう。そうした事態を避けるためにも、事前にマスタデータをクリーンに再整備しておくことが重要です。具体的には、製品の構成情報や工程情報を最新化・標準化し、不要なデータは整理統合、不整合は解消します。また品目コードや設備IDなど他システムと紐づくキー項目も統一しておくべきです。導入前のこのひと手間が、MES稼働後のスムーズなデータ連携・活用に直結します。
マスタ整備と並行して進めるのが、業務プロセス(工程フロー)の設計見直しです。新工場の立ち上げに際し、従来のやり方をそのままデジタル化するだけでなく、無駄や属人的な作業を洗い出してプロセス自体を改善する好機と捉えましょう。ただしポイントは、現場の運用ルールを極力大きく変えすぎないことです。一気に業務フローを変革しようとすると、現場の混乱や抵抗を招き、せっかくのMESが使われなくなる恐れもあります。実際の成功事例でも、「必要な生産データだけを正確に抽出しMESで一元管理する一方で、お客様(現場)の運用ルールは大きく変更せず、工程管理の自動化によって作業効率化を図った」ケースがあります。このように現場の知見を尊重しつつ、自動化できる部分はMESに任せるというバランスが肝要です。例えば、紙帳票で行っていた進捗管理をタブレット入力+自動集計に置き換える際も、現行フォーマットや承認フローを急激に変えるのではなく、できるだけ現状踏襲しながら段階的に電子化する、といった配慮が考えられます。最終的には、整備されたデータ基盤のもと最適化された工程設計とMES機能とが合わさることで、リアルタイムな情報共有や工程飛びの検知、トレーサビリティの強化といったスマート工場のメリットが実現できるのです。
プロジェクト管理とステークホルダー調整
MES導入は単なるシステム導入にとどまらず、業務改革プロジェクトの側面があります。したがって、プロジェクトマネジメントとステークホルダー(関係者)調整が成功の大きな鍵を握ります。まず、プロジェクトには経験豊富な**専任のプロジェクトマネージャー(PM)**をアサインし、明確な体制を敷きましょう。PMはロードマップに沿った進捗管理、タスクの割り振り、課題の可視化と解決策の主導といった役割を担います。また定期的にステアリングコミッティーや進捗会議を開催し、経営層や各部門の責任者に現状報告・意思決定を仰ぐことで、プロジェクトの透明性と組織全体の協力体制を維持します。
ステークホルダーの巻き込みも綿密に計画すべき点です。DX推進部門、製造現場の管理者、現場作業者、IT部門、場合によっては品質管理や生産管理部門など、MES導入には多数の関係者がいます。各層の要求や懸念事項を初期から吸い上げ反映することで、「自分たちのプロジェクト」という当事者意識を持ってもらうことができます。特に製造現場の操作担当者にとって使い勝手が悪ければシステムは定着しないため、UIや運用フローについて現場の声を取り入れることが重要です。また、チェンジマネジメント(変革管理)の視点で、現場社員への丁寧な説明と教育も欠かせません。新しいMES導入によって自分たちの仕事がどう楽になるのか、どんなスキルが身につくのかといったメリットをしっかり伝え、必要な研修を提供することで、現場の抵抗感を和らげます。実際、MES導入失敗の一因として「ユーザー定着化不足」がよく挙げられるため、現場スタッフが新システムを受け入れやすい環境づくりをPMおよび現場管理職が連携して進めることが大切です。
さらに、リスク管理の観点では、事前に考えられるリスク要因を洗い出し対策を講じておきます。例えば、「既存システムとのインタフェースに想定以上の開発工数がかかる」「導入スケジュールが設備納入の遅れに左右される」「現場の習熟に時間がかかり生産へ影響が出る」等のシナリオを想定し、代替案や緩衝期間を計画に組み込んでおくと安心です。プロジェクト中もイレギュラーな課題が発生した際には迅速にエスカレーションし、関係者で解決策を協議できるよう体制を整えておきます。また、要所要所で成果物(ドキュメント)のレビューを関係者に依頼し、認識齟齬を潰しておくことも有効です。要件定義書、基本設計書、テスト計画書、マニュアル類などの成果物を丁寧に作成・確認し合うことで、後戻りや誤解による手戻りを防止できます。これらプロジェクト管理と人的調整の取り組み全般を通じて、MES導入は「システム面」「データ面」「人・プロセス面」のすべてが噛み合った形で推進され、成功へと近づいていきます。
おわりに
新工場へのMES導入を成功させ、スマート工場を実現するためには、技術と現場実務の両面に配慮した包括的なアプローチが求められます。本稿で述べたように、まずは綿密な計画策定と現状把握から始まり、適切なソリューション選定とPoC検証によって確信を持って導入を進め、データ基盤の整備と業務プロセス最適化でシステム効果を最大限に引き出し、そしてプロジェクト管理と組織横断の協力体制によって計画をやり遂げることが重要です。言い換えれば、MES導入の成功は「周到な計画」「適切な技術選択」「現場目線の改革」「組織の一体感」という要素の結集だと言えるでしょう。
最後に、MESは導入して終わりではなく、運用が始まってからも継続的な改善を回し続けることが大切です。運用データを分析し、生産性向上や品質改善の追加施策に活かすことで、MESは真に生きたシステムとなります。新工場で培ったスマート工場の知見は、他拠点へ展開する際のモデルケースにもなり得ます。読者の皆様の現場でも、本記事のポイントをご参考に、MES導入プロジェクトを成功裡に進められることを願っています。スマート工場への道のりは決して平坦ではありませんが、適切な取り組みを積み重ねることで、確実に現場と経営を融合させた価値ある成果を生み出すことでしょう。
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