宝くじ売り場へ行く。年末ジャンボ宝くじの当選確認だ。結果は——300円。当たっている。
売り場のガラス越しに、蛍光灯の白い光が床に反射している。番号を打つ機械の前で、係の人が無言で紙を揃える。その一連の動きが、なぜだか毎回、少しだけ儀式めいて見える。
年末ジャンボね。
宝くじというのは、私の場合、毎回ジャンボを買う。バラで10枚。理由は単純で、「当たったら嬉しいよね」という、それだけだ。
でも本当のところ、一番楽しいのは持っている時間なんじゃないかと思う。財布の奥にしまった封筒を思い出しては、「もしかして」と想像する。もし当たったらどうしよう。引っ越す? 仕事辞める? いや、まずは静かにコーヒーを淹れるかな。そんな空想が、日常のすき間にふわっと入り込む。
宝くじ売り場では、機械に通してもらう。
シャー、シャー、シャー。
表示は「ハズレ」「ハズレ」「ハズレ」……たまに「当たり」。そして心の中で叫ぶ、「高額当選、出ろ」。この一瞬の緊張感がたまらない。売り場の外では自転車が通り過ぎ、駅前のアナウンスが途切れ途切れに聞こえてくるのに、視線は小さな画面に釘付けだ。
人は確率を実感するのが苦手らしい。
サイコロで1が出る確率は6分の1、約16パーセント。数字としては理解できる。でもじゃあ1パーセントというのが、サイコロで1が出る確率の「16分の1」なのかということを、肌感覚で掴めるかというと、なかなか難しい。宝くじの高額当選なんて、限りなくゼロに近い確率なのに、「ゼロじゃない」というだけで、心は軽やかに期待してしまう。
その過大評価こそが、確率の魔法だ。
3000円で、数週間分の「もしかしたら」を買っていると思えば、案外コスパは悪くない。レジ横に積まれた色とりどりの券を見ていると、印刷インクの匂いまでが、少しだけ夢の匂いに感じられる。
ついでに、ワンピーススクラッチと初夢宝くじも買った。
スクラッチは、銀色の部分を削る音がやけに乾いていて、結果はハズレ。紙くずだけが増えた。でもまあ、いい。私は基本的に、1億円以上の当選金がある宝くじだけを買う主義なのだ。
ワンピーススクラッチに1億があったのかは、正直よく覚えていない。初夢宝くじは、たしか1億か3億。金額の記憶は曖昧だけれど、「夢」という言葉がついているだけで、少し得をした気分になるから不思議だ。
当たった300円を財布に戻しながら、また思う。
次こそは、もしかしたら。
そう思えるうちは、たぶん、また買うのだろう。

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