十月のそろばん塾の帰り道

散文
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夕暮れが深まる十月、そろばん塾を終えて家路をたどる子どもたちの足音が小さな街道に響く。冷え込みが肌に触れるたびに、夏の熱が遠ざかりつつあることを思い知らされる。薄い月が空に浮かび、街灯の光がぼんやりと影を織りなす夜の風景。子どもたちの笑い声も、どこか慎ましやかに秋風に消えていく。

鉛色に染まる夕空を仰ぎながら、ある少年は小さな手提げ袋を握りしめる。今日覚えた計算の重みと一緒に、彼の心に広がるのはどこか満たされぬ感情だ。きっと、秋の夜がもたらす静寂の中で、自分の影と対話する時間が、彼にいつもとは違う感覚を与えているのだろう。数字をひとつずつ数え上げるそろばんのリズムが頭の中に残響し、少年の心の奥深くまでしみわたる。

道の向こうで揺れるすすきの穂先が、暗がりの中で優しく踊っている。どこか懐かしいような、触れることのない遠い記憶を呼び覚ますようだ。子どもたちの中にさざめく声が次第に小さくなり、家々の軒先に差しかかったころ、少年はふと足を止める。そこには、名も知らぬ虫の鳴き声が微かに響き、街灯に映る自分の小さな影がゆらりと揺れる。

家路はもうすぐそこにある。それでも、十月の冷たい夜気の中に立ち尽くす彼の心には、何かがこぼれ落ちるように静かで穏やかな感情が広がっていく。冬の訪れを告げる夜の帳が降り始めるころ、少年は再び歩き出す。その小さな歩みには、秋の終わりを告げる寂しさと、まだ知らぬ季節を迎えるかすかな期待が混ざり合っていた。

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