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エグゼクティブサマリー
桃太郎の鬼ヶ島遠征を「征伐」として読むと、この物語は単なる「悪い鬼をやっつける話」ではなく、誰が暴力をふるう資格を持つのかを、物語の入口で先に決めてしまう仕掛けとして見えてきます。しかもその仕掛けは、最初から一枚岩ではありません。江戸期の草双紙には、桃太郎が宝物を取りに行く、かなりあけすけな冒険譚がありました。ところが近代に入って教科書化が進むと、誕生譚は整理され、動機は道徳化・国家化され、遠征は「鬼退治」や「鬼征伐」として整序されます。言い換えれば、物語は昔話のままではなく、時代ごとに少しずつ制服を着せ替えられてきたのです。
ただし、ここからすぐに「桃太郎は本質的に植民地主義の物語だ」と断定するのは、包丁を見てすぐ外科手術も強盗も同じだと言うようなものです。そこまでは言えません。言えるのは、「征伐」という語を採ると、中心が周縁を裁く、秩序が無秩序を処分する、という政治的な文法が強く立ち上がるということです。その文法は、明治以降の教科書、児童文学、戦時文化、さらにはそれへの批判的パロディのなかで、たしかに増幅されました。本稿の結論は、桃太郎を「征伐」として読むことによって、民話・教育・国家・暴力の結び目が見える、しかしその結び目を一つの歴史的寓意に固定してしまうのは早計だ、というものです。
まず、どの資料を土台にするか
今回の読みでは、一次資料をできるだけ骨組みに近い順で置きました。つまり、江戸期草双紙、尋常小学読本、尋常小学国語読本、そして巌谷小波による日本昔噺です。補助線として、国立国会図書館の所蔵・解説、広島大学の教科書デジタルアーカイブ解題、さらに滑川道夫以後の日本語研究が参照してきた教科書変遷の整理を用いました。第四期国定教科書のいわゆるサクラ読本については、全文の精密な校合までは今回の公開資料だけでは追い切れず、研究抄録と紹介記事を中心に確認した範囲にとどまります。この点は未指定部分が残る、とあらかじめ断っておきます。
なぜこの並びにしたか。理由は単純で、桃太郎は「原作」が一冊ある話ではないからです。森田均は、全国に散見される六三件を比較対象にしつつ、さらに別の研究では六八〇種を超える異型があると紹介しています。加原奈穂子も、江戸期文献では老夫婦が若返って子をもうける「回春型」が多く、明治以降の文献では桃から生まれる「果生型」が一般化し、教科書ではすべて果生型だと整理しています。つまり、桃太郎はガラスケースの中の固定標本ではなく、触る時代ごとに指紋がつく粘土細工です。だから本稿では、「唯一の本当」を探すより、どの時代のどの文本が、鬼ヶ島遠征をどう“正当化”したかを見ることを優先します。
テキストはどこで武装したのか
まず江戸期の草双紙を見ると、現代の教科書桃太郎とはずいぶん顔つきが違います。九州大学リポジトリの舩戸美智子は、現存最古級の一七二三年刊赤小本『もゝ太郎』について、(一)老夫婦が桃を食べて若返り、婆が出産する「回春型」、(二)鬼ヶ島行きの目的が宝物奪取であることを、現代桃太郎との大きな差として挙げています。しかも宝物奪取の話は、のちに鬼の非道や孝行の教訓を織り込むことで徐々に正当化されていった、と論じています。ここが大事です。桃太郎は近代国家が突然“悪くした”というより、近世の時点ですでに教訓化の坂道に足をかけていたのです。
とはいえ、近代教科書化はその坂道に舗装を敷きました。一八八七年の教科書版では、桃太郎は「鬼がしまへ、たから物を取りに行きたい」と言います。まだ遠征の動機には、かなり露骨に「宝物を取りに行く」匂いが残っています。ところが一九一八年の第三期国定教科書では、その発話は「オニガシマ ヘ オニセイバツ ニ」に変わり、犬・猿・雉は「お供」ではなく、はっきり「イヌ ヲ ケライ ニ」「サル モ ダンゴ ヲ モラツテ、ケライ ニ」と書かれる。城・鉄門・攻め込み・降参という戦闘語彙も前面に出ます。たった数行の差ですが、ここで物語は、宝探し混じりの冒険から、命令系統のある懲罰遠征へとぐっと寄ります。短刀の鞘が抜かれる瞬間のような変化です。
さらに一八九四年の巌谷版は、物語をもっとはっきり国家語へ接続します。国会図書館の解説や関連研究が示すように、この時期の桃太郎には「天つ神の御使」「大日本の桃太郎将軍」といった呼称が現れ、鬼ヶ島遠征は「皇国日本にあだをする憎き奴だから征伐する」と理解される方向へ押し出されます。滑川を引く研究は、その背後に日清戦争前後の情勢と、教育勅語下の皇室主義的教学思想への同調を見ています。ここまでくると、桃太郎はもう桃から生まれた腕白坊主ではありません。制服のサイズはまだ子ども用でも、思想の肩章はかなり重い。
第四期のサクラ読本では、その武装がさらに教科編成のレベルで太くなります。原田大樹の研究抄録によれば、「ももたろう」は第四時「桃太郎の出生」から、第八時「鬼の城に攻め込む」、第九時「鬼を退治する」、第十時「桃太郎の凱旋」へと、かなり細かく分節されて扱われます。全文異同の総覧は今回は未指定ですが、少なくとも遠征のプロセスそのものが授業時間を割いて分解・再演される教材になっていたことは確かです。物語の“一場面”ではなく、攻城戦の工程表に近づいているわけです。
「征伐」という語が連れてくる政治
ここで「征伐」という語そのものを見ます。辞書的には、精選版日本国語大辞典が「罪ある者や反逆する者を攻め討つこと。征討。討伐。退治」とし、初出例を『続日本紀』和銅二年(七〇九)に取っています。つまり「征伐」は、単に喧嘩に勝つことではありません。上位の秩序が、下位の反逆者・罪人を処分するという含みを、最初から抱えた語です。刀そのものというより、刀に貼られたラベルのほうです。ラベルに「正義」と書いてあれば、振るう側はずいぶん軽く感じてしまう。
この語の政治性は、近代以降の歴史叙述を見てもよくわかります。韓日歴史研究共同委員会の文書は、豊臣秀吉の朝鮮侵略をめぐって、「征伐」や「出兵」といった語の使用に慎重であるべきだと述べています。理由は簡単で、その呼称自体が侵略を正当化する側の視座を含みやすいからです。他方、植民地期朝鮮の初等歴史教科書分析では、神功皇后の新羅「征伐」が、先に「救いを求められた」という物語を置くことで正当化され、日本を朝鮮半島南部の「保護者」として印象づける構図が読み取られています。ここで重要なのは、征伐の実否そのものより、征伐という名づけが、誰を守護者にし、誰を処分対象にするかを先に決めるという点です。
このレンズを桃太郎に当てると、鬼ヶ島遠征はかなり別の表情を見せます。「征伐」と呼ばれた瞬間、鬼は弁明の席に着く前に有罪になり、桃太郎はまだ剣を抜く前から執行権を持つ。だから本稿では、鬼ヶ島遠征を「征伐」として読むことを、植民・内戦・治安維持の類比可能な文法としては扱いますが、特定の歴史事件の単純な allegory だとは断定しません。似ているのは、出来事そのものというより、暴力の前に配られる“正義の配役表”のほうだからです。
桃太郎・犬猿雉・鬼の配置図
人物配置を見ると、この「配役表」はさらにくっきりします。一九一八年教科書の桃太郎は、犬・猿・雉を「ケライ」にします。しかも戦闘では、雉がつつき回り、猿がひっかき回り、犬が噛みつき回り、桃太郎は刀を抜いて一番大きな鬼に向かう。これは仲良し四人組の遠足ではなく、機能分担のある小規模攻囲戦です。きび団子は友情のしるしでもありますが、その場面だけ見れば、まるで雇用契約か軍票のようでもある。もちろん比喩は比喩にすぎませんが、対等な連帯より主従的な編成が強いことは、本文の語彙そのものが語っています。
鬼の側はどうか。ここがこの物語のいちばん静かな、しかし大きな穴です。一八八七年版では、桃太郎の口からまず出るのは「たから物を取りに行きたい」であって、鬼の悪事は先に詳述されません。後段で鬼は降参し、宝物を差し出すだけです。つまりこの段階の鬼は、村を焼いた記録も、子をさらった証言も、法廷調書も持たない。ところが近代の再話や現代の教材では、鬼が「村人から食べ物や宝物を奪っていた」といった説明が前置きされることが多く、物語の倫理帳簿は先に黒字へ調整されます。鬼はだんだん「討たれるに値する者」に整形されるのです。
この一方向の配役に、もっとも鋭く横槍を入れたのが 芥川龍之介 でした。河内重雄が整理するように、先行研究の多くは芥川「桃太郎」を、侵略者・弾圧者としての桃太郎像の反転として読んできました。河内は、その背景として、明治期の教科書や巌谷版が形成した「日本軍の大将」のような桃太郎イメージ、さらに大正期にその侵略主義性が批判されはじめた文脈をたどっています。芥川の仕事は、桃太郎をただ悪人に置き換えたのではありません。“征伐”という語が自動的に正義を運んでしまう仕掛けそのものを、逆さに見せたのだと言ったほうが近いでしょう。
民話と国家と暴力のあいだ
ここで一つ反論が出ます。「そんなに政治的に読むのは深読みではないか。昔話の鬼なんだから、ただの悪役だろう」と。これはもっともです。実際、桃太郎は近世からすでに教訓化されており、国家形成だけが物語改変の原因ではありません。舩戸は、江戸期の桃太郎にも孝行・勤勉・学習といった理想児童像が織り込まれていたことを指摘し、それを幕府の教化政策との関係から捉えています。つまり、物語が権力に“利用された”というより、もともと権力が接続しやすい面をすでに持っていた、と見たほうが正確です。
それでも、近代国家がこの物語を好んだ理由ははっきりしています。第一に、教科書は多様な桃太郎を一つの型に平準化した。第二に、誕生・婚姻・性愛の要素は削がれ、低学年教材にふさわしいとされた果生型が定着した。第三に、物語の中心が「強い子の冒険」から「正当な暴力の遂行」へ寄りやすくなった。実際、レファレンス協同データベースと加原の整理では、桃太郎は第一期国定教科書を除き、第二期から第五期までの国語教科書に繰り返し採用されます。昔話は、口伝えの風を受ける凧から、国家が配る揃いの凧へと変わったわけです。
その延長線上で、戦時文化は桃太郎をさらに大きな器として使いました。森田は、戦時の長編アニメ二作を戦意高揚目的と位置づけ、そこに「動機無き鬼退治」との親和性を見ています。加原も、鬼を退治して宝を持ち帰る桃太郎の話が時代のイデオロギーに適合したため、戦意高揚の宣伝に度々利用されたと整理し、ジョン・W・ダワー のいう「桃太郎パラダイム」の形成を論じています。ここで言う「パラダイム」とは、特定の作品名ではなく、桃太郎型の正義が、そのまま国家の戦争語法に移植できてしまうことです。戦争映画 桃太郎 海の神兵 が象徴的なのは、そのためです。
ただし、ここでも断定は避けるべきです。桃太郎を国家暴力の寓話だと言い切ると、今度は物語の多様性をこちらが征伐してしまう。より慎重に言うなら、桃太郎は国家・植民・内戦・治安維持の語彙に流用されやすい構造を持つ、ということです。中心は自らを守護者と名乗り、周縁を反秩序として名指し、共同体内部の協力を動員し、敵の財を接収して凱旋する。この骨格は、たしかにいろいろな歴史的暴力と“韻を踏む”。しかし韻を踏むことと、同一であることは違います。そこを混同しないことが、学術的読解の最低限の礼儀だと思います。
読み手が変わると、見える景色も変わる
子ども向けの読みでは、まず勇気・成長・協力が前面に出ます。現代の教材でも、桃太郎はやさしい日本昔話として使われ続けています。たとえば小学生向け外国語教材では絵本として採り上げられますし、近年の簡易教材では「悪い鬼が村人から食べ物や宝物を奪っていた」と先に説明してから鬼退治に向かわせる構成が見られます。これは悪いことではありません。むしろ低年齢向けには自然な配慮です。ただ、その時点で物語はすでに政治性を消したのではなく、正義の理由づけを先に補強したとも言えます。砂糖衣をかけたから薬効が消えるわけではない、という話です。
教育的文脈では、さらに別の顔が出ます。近代の教科書は、桃太郎を使って標準語・協同・孝行・勇気を教えただけでなく、時代によっては戦争や国家を想起させる語彙も忍び込ませました。別言すれば、桃太郎は「何を教えたい時代か」を映す鏡です。桃太郎主義の教育 という題の本を巌谷が著し、彼の教育観を論じた研究が、桃太郎を積極性・進取性・放胆さのモデルとして読むことを確認しているのは象徴的でしょう。勇気の教材は、そのまま国民の教材にもなりうるのです。
学術的読解では、そこへさらに「沈黙」を数えます。誰が語り、誰が語られず、どの語が入れ替わったか。江戸期にあった回春型はなぜ消えたのか。なぜ「宝物を取りに行く」が「鬼征伐」に変わったのか。なぜ犬・猿・雉は「仲間」より「家来」として強く書かれるのか。そして鬼はなぜ集合名詞のまま処理されるのか。こうした問いは、子どもの読みを壊すためではなく、読みの層を増やすためにあります。おにぎりを一個しか食べないのではなく、断面も見てみよう、という程度の話です。
最終的な解釈
以上を踏まえて、私の最終的な解釈を一文で言えばこうです。桃太郎の鬼ヶ島遠征を「征伐」として読むと、この物語は“悪を罰する話”である前に、“誰が悪であるかをあらかじめ命名する話”として立ち上がる。 そしてその命名は、江戸期の教訓化、明治以降の教科書化、巌谷版の国家語化、戦時の宣伝利用、芥川的反転批判へと、時代のたびに少しずつ上塗りされてきた。だから見えるのは、単一の本質ではなく、正当化された暴力を運びやすい物語形式です。これが本稿の到達点です。
同時に、反論にも応じておきます。桃太郎を征伐の物語として読むからといって、子どもに読ませるべきでない、とまでは私は言いません。また、桃太郎をただちに植民地支配や侵略戦争と一対一対応させるのも避けます。単一起源は未確定であり、第四期・第五期教科書の本文異同の全件校合も今回は未指定です。それでもなお、この読みが有効なのは、「征伐」という言葉が、鬼ヶ島へ向かう舟の櫂ではなく、舟そのものの進路を決める羅針盤だからです。羅針盤が北を指す以上、舟がどれほど童話らしく彩られていても、どちらが中心でどちらが処分される側なのかは、かなり早い段階で決まってしまう。桃太郎をめぐる近代の変遷は、そのことを静かに、しかし執拗に教えてくれます。

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