おんぶのやり方

エッセイ
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妻が赤ちゃんをおんぶする。その手伝いをする。
そう書くと、いかにも現在進行形の育児の一場面のようだけれど、実際にはもう、少し前の話だ。

下の子はもう自分で歩く。
よちよち、というよりは、興味のある方向へ一直線だ。ベビーカーにはまだ乗る。スーパーのカートにも乗る。でも、何か面白そうなものを見つけると、「降りたい」という意思表示がはっきりしている。売り場の床に光るお菓子の袋、冷蔵ケースの中で白く曇った牛乳パック。そういうものを見つけると、ベルトを引っ張り、体をよじる。

おんぶをするようになったのは、下の子からだった。
上の子のときは、ほとんど抱っこ紐一択だった。抱っこは正直、きつい。腰は痛くなるし、食事をすれば子どもの頭に箸が当たりそうになる。視界も狭い。自分の体の前半分が、常に誰かで埋まっている感じだ。

それに比べて、おんぶは楽だった。
背中に重さが来ると、不思議と体が安定する。前が空くから、両手が使える。湯気の立つ味噌汁を、安心して口に運べる。子どもも、こちらの肩越しに部屋を眺めて、なんだか落ち着いているように見えた。天井の照明や、カーテンの揺れを、黙って見ている背中の気配。

ただし、おんぶは“そこに至るまで”が難しい。
装着そのものは楽なのに、体勢に持っていくまでが一仕事だ。私は育休中で、一人でやる場面が多かったから、動画を見て予習した。

腰に抱っこ紐を巻く。
赤ちゃんを包む布を背中側に回す。
クッションを床に置き、赤ちゃんを一度そこへ寝かせる。片方の肩紐を通し、赤ちゃんを支えながら、腰を少しずつずらして背中へ。反対側の肩紐を引き上げて、「せーの」で立ち上がる。
頭の中で手順を復唱しながら、動きはどうしてもぎこちなくなる。

最初は本当にヒヤヒヤした。
これで合ってるのか。ずれていないか。赤ちゃんの足は変な角度になっていないか。背中から伝わる体温に、こちらの緊張がそのまま反映されている気がした。でも、何度かやるうちに、手順は体に染み込む。できるようになると、おんぶは一気に“日常”になる。

妻は、私ほど一人でおんぶをする必要がなかった。
だから、「じゃあおんぶするね」と言うと、だいたい私が赤ちゃんを背中に渡す役をやっていた。妻の背中にそっと子どもを乗せる。布を整え、肩紐を引く。鏡に映る二人の背中を確認して、うん、と小さくうなずく。

いまはもう、その動作をすることはほとんどない。
でも、背中に感じたあの重さと、少し前かがみになった妻の姿は、妙にくっきりと覚えている。育児の中で、いつの間にか終わってしまった小さな工程のひとつとして。

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