KPIがフワッとしすぎて失敗したDX

DX失敗
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エグゼクティブサマリー

DX(デジタル変革)の現場で、失敗の芽はだいたい「KPI(成果指標)がフワッとしている」瞬間に仕込まれます。DXを「仕組みを変える取り組み」と捉えるなら、何が変わったら成功か(=成功の定義)が曖昧なまま走り出すのは、ゴールテープのないマラソンを開幕するのと同じです。原因は怠慢ではなく、DXは関係部門が多く、影響範囲も広く、成功の定義づけ自体が難しいからです。

実際に、経済産業省の「デジタルトランスフォーメーション調査」の分析では、DXの取り組みに対して「全てにKPIを設定して評価している」企業が一定割合いる一方、KPIを設定していない・評価まで回せていない・最終的な財務成果指標(KGI)と連携していない企業も存在します。つまり“KPI運用の手触り”には企業間で明確な差がある、という現実が示されています。

「KPIがフワッとしすぎるDX」の末路は、ニュースになるレベルで可視化されることもあります。たとえばNIPPON EXPRESSホールディングスは、子会社の日本通運が進めていた「新・国際航空貨物基幹システム」開発について、開発コスト増・開発期間延長が見込まれたことなどを理由に開発断念を決定し、ソフトウェア仮勘定の減損損失154億円を計上すると開示しました。 またラックも、社内新基幹システムの開発を中止し、社内基幹システム開発に伴う損失18.2億円(1,820百万円)を特別損失として計上すると開示しています。 さらに江崎グリコは、基幹システム切替後の障害によりチルド商品(冷蔵品)の出荷停止が発生し、出荷停止期間延長などの対応を公表しました。 国際紙パルプ商事も、社内基幹システム開発の中止と減損損失計上見込みを適時開示しています。

本稿は、これらの“実在する失敗”を土台にしつつ、「よくある失敗パターン」→「なぜ気づけなかったか」→「もしやり直せるなら」を、当事者視点(現場の焦り)と外野視点(数字の冷静さ)がすれ違う瞬間に注目して分解します。なお、断罪はしません。なぜなら、明日は我が身で、今日の私が一番当事者だからです。

導入

DXに限らず、ビジネスプロジェクトの会議には、だいたい2種類の人がいます。

当事者:「今、変わらないと終わる。とにかく走ろう」
外野:「で、何がどうなったら成功?(静かにKPIを求める人)」

この2人は、同じ日本語を話しているはずなのに、会話が噛み合いません。理由はシンプルで、DXが「IT化(既存業務を情報技術で置き換えて効率化)」ではなく、「デジタル技術で仕組みを変え、価値を上げる」取り組みだからです。仕組みを変える、ということは、仕事のやり方も権限も責任も(できれば文化も)一緒に動きます。ゆえに、成果が“システム稼働”だけでは測れない。ここが、KPIをフワッとさせる温床になります。

そして現実は、フワッとしたままでもプロジェクトは動きます。むしろ動いてしまう。なぜなら、プロジェクトの成功定義が曖昧でも、予算が付いた瞬間に「進捗」は出せるからです。進捗会議には、ちゃんと色がついたガントチャートが映るし、ベンダーは笑顔で「順調です」と言うし、私たちも「順調です」と言う。お互いに“順調の定義”を議論していない点だけが、美しく一致しています。

しかも大規模IT投資は、そもそも計画通りにいきにくい。ボストン コンサルティング グループは、500人月以上規模のシステム投資で工期・予算・品質(QCD)を予定通り実現できた企業は2割を切る、とし、その背景に「成功の定義ができていない」「何を実現したいかゴールが明確でない」企業が多い現状を挙げています。つまり、KPI以前に“成功が何か”が霧の中。

加えて、東洋経済オンラインのインタビューで、北川寛樹は、大規模ITプロジェクトが失敗する原因として「経営陣が目的や内容を曖昧なまま投資を決定し、現場主導で進めてしまう」傾向を指摘しています。ここまで来ると、KPIがフワッとするのは個人の罪というより、構造の性格です。

よくある失敗パターン

以下は「KPIがフワッとしすぎて失敗するDX」の典型パターンです。各パターンの“現場描写”は、複数の事例・取材・経験談で頻出する空気を合成したものとして読んでください(特定企業の社内を断定はしません)。一方で、企業の公表情報・信頼できる報道で確認できる事実は、都度出典を添えます。

パターンA:KPIが「切替日」しかない(カレンダーに支配される)

会議室に貼られた巨大なカレンダー。赤マジックで書かれた「切替日」。その下に、小さく「リリース」でも「Go-Live」でもいいのですが、とにかく何か英単語。なぜか英単語だと尊い。

当事者としては、切替日は“わかりやすい”んです。全員の目線が揃う。外野も納得する。何より上司に説明しやすい。「予定通りです」と言えるから。

問題は、切替日がKPIになった瞬間、世界が「切替えに成功したかどうか」だけを見始めることです。切替えの後に業務が回るか、現場が詰まらないか、出荷が滞らないか、顧客に迷惑が出ないか――そういう“本当は大事なこと”は、切替日の後に起きます。つまり、KPIが未来に追いつかない。

この恐さが、公式発表として見えてしまった事例が江崎グリコです。同社は2024年4月3日に基幹システムへ全面移行した後、障害によりチルド食品(冷蔵品)の出荷業務停止・再開・再停止などが発生し、問題特定は進んだものの解消に時間を要したため出荷停止期間の延長を決定した、と公表しています。切替自体が目的化すると、切替後の安定供給という“本当のKPI”が置き去りになりやすい――という教訓が、痛いほど現実です。

外野はここでこう言います。「で、切替が終わった結果、何が良くなったの?」
当事者はこう答えがちです。「良くなる“はず”です。今は移行直後なので…」

この「はずです」が、KPI未整備の匂いです。

パターンB:KPIが「共通基盤」や「全社最適」みたいな文学(壮大だけど測れない)

「グローバル共通基盤を構築します」
「全社最適の情報基盤を整備します」
「バリューチェーンを統合します」

言葉は強い。スローガンは美しい。PowerPointの背景はたぶん青。ここに“DX感”が濃縮されています。

ただ、外野が一歩引いて聞くと、こうです。
「それ、いつ・誰が・何をもって“できた”って言うの?」

当事者側は、答えを持っていないことが多い。なぜか。こういう言葉は、反対されにくいからです。誰だって“全社最適”は好き。嫌いな人は会議に呼ばれていない。

結果として、プロジェクトは「止めどき」がわからなくなります。止めどきがないから、止まらない。止まらないから、傷が深くなる。

この“止めどき喪失”が、適時開示で可視化されたケースがNIPPON EXPRESSホールディングスです。航空輸送事業におけるグローバル共通基盤の構築を目的とした「新・国際航空貨物基幹システム」の開発を進めていたものの、当初計画よりも開発コスト増・開発期間延長が見込まれたために開発断念を決め、ソフトウェア仮勘定について減損損失154億円を計上すると開示しています。大義(共通基盤)はある。しかし「どの水準なら勝ちで、どの水準なら損切りか」というKPIの刃が曖昧だと、撤退判断はどうしても遅れます。

同じく国際紙パルプ商事は、社内基幹システムの老朽化に伴って新システム開発を進めてきたものの、開発内容の不適合などから、現在開発中の社内基幹システムでは対応が不十分との判断に至り、開発中止を決議。減損損失(約35億円)を計上する見込みだと公表しています。これもまた「刷新する」だけでは成功が測れず、やってみた結果“足りない”と気付いた形です。

外野はこのとき「KPIが弱いから止めどきが遅れた」と言いがちですが、当事者からすると「止めたくても止められない事情がある」のもまた真実。次章で、その事情を解剖します。

パターンC:KPIが「作った量」や「導入数」で終わる(成果ではなく活動を測る)

KPIが決まりません。困りました。そこで現場が“今すぐ測れるもの”に寄りがちなのが、人間のやさしいところです。

研修受講率、ツール導入数、アカウント発行数、機能リリース本数――こういう“活動のメーター”は、確実に針が動きます。動くから、楽しい。数字が伸びるから、安心する。これは悪ではありません。むしろ、動かないより100倍いい。

ただし、外野視点ではこう見えます。「準備運動ですね。で、試合はいつから?」

このズレが深刻になると、プロジェクトは“作ること”をゴールにしてしまう。しかも作ったものが、環境変化に追いつけない。

ラックの適時開示は、この構造がよく見えます。同社は2020年10月の運用を目指して2018年から社内新基幹システムの企画・開発を進めたものの、追加開発等で延伸するなか、テレワーク等による働き方の多様化やクラウド活用の進展など社会・経済活動の変容を背景に、現時点で開発しているシステムでは求める機能が十分に得られないと判断し、開発中止・再構築を決定しました。ここでの“敗因”は技術力だけではなく、「何をもって十分と言えるか」を、変化する環境の中で評価し続ける仕組み(≒KPI運用)の難しさにもあります。

そして、こういう“活動KPI”には別の地雷もあります。数字は上がるので「やった感」は出る。でも、事業は動いていない――というパターンです。指標の世界には、測るほど歪む、という古典的な話があり、野村総合研究所は指標の改ざん・歪み問題に関連して「グッドハートの法則」などを挙げています。活動KPIを“評価”に直結させると、現場は(悪意なく)それをハックし始めます。

なぜ失敗に気づけなかったか

KPIがフワッとしているのに、プロジェクトが進んでしまう。しかも、かなりのところまで。これは「現場がバカだった」からではなく、現場が真面目だったから起きます。真面目な人ほど“進める”からです。

ここでは、失敗が「気づけない仕組み」を、組織構造・評価制度・心理の3面で分解します。

まず組織構造。DXは、関係部門が横断的になりやすい一方、責任は縦割りになりがちです。DXが“仕組みの変革”を伴う以上、トップダウンで、複数部門を巻き込み、推進主体がIT部門だけでは済まない――という整理は、専門家の論考でも繰り返し示されています。 ところが現実では、「ITはIT部門、業務は業務部門」という境界線が残りやすい。情報処理推進機構の分析レポートでも、DXに適したKPIを設定し、それに即した投資の意思決定や予算配分、評価の仕組みを整えることに多くの企業が難しさや課題を抱えている、と述べています。KPIが曖昧なまま投資判断が進むのは、ある意味“自然発生”です。

一方で経済産業省の調査分析では、事業部門のオーナーシップや、経営トップとDX推進責任者の定期コミュニケーションなど、ガバナンス面の差も示されています。つまり「KPIがフワッとするかどうか」は、個人のセンスというより、部門の関与とトップの関与の設計に強く引っ張られる。

次に評価制度。KPIが曖昧だと、評価は「やったかどうか」になりがちです。言い換えると、評価されるのは“開始”で、評価されないのは“中止”。するとプロジェクトは止まりません。止めた人が損をするからです。

ここで効いてくるのが心理学・組織論が扱う「コミットメント・エスカレーション」(うまくいっていないのに撤退せず固執してしまう現象)です。査読付き論文でも、エスカレーションは「撤退すべきか固執すべきかが明確ではない」状況で生じやすく、意思決定者に個人的責任があると自己正当化圧力が働き、撤退判断がさらに難しくなる、と整理されています。DXにおける“KPIのフワッと感”が、まさにこの「明確ではない」を量産します。

そして最後が心理的要因。KPIが曖昧だと、現場は早期にアラートを上げにくくなります。なぜなら「何が問題か」を言語化するためにも、基準が必要だからです。基準がないと、声を上げる側が“うるさい人”になりやすい。

ここで重要なのが「心理的安全性」です。J-STAGEで公開されている総説では、心理的安全性は「率直に意見を伝えても拒絶・攻撃・恥をかく心配はない」という信念がチーム内で共有されている状態であり、個人特性ではなく集団レベルの特性であること、そしてメンバーの判断や行動にほぼ無自覚に影響し得ることが述べられています。KPIがフワッとしている場では、問題提起が“空気を壊す行為”になりやすく、心理的安全性が下がるほど、悪いニュースは遅れてやってきます。プロジェクトはその間も「順調です」と言い続けます。

要するに、「失敗に気づけなかった」のではなく、気づくための仕組み(基準・評価・心理)が揃っていなかった。KPIの曖昧さは、その欠落が一番わかりやすく表面化する症状、という位置づけができます。

もしやり直せるなら

ここからは、夢みたいな理想論ではなく、「忙しい現場でも今日から戻せる」レベルに落とします。DXは壮大な物語として語られがちですが、現実は“運用”です。運用できないDXは、だいたい詩です。

最初にやるべきは、「KPIを作る」ではなく「成功の定義を一行で書く」です。たとえば(江崎グリコの事例に引っ張られてしまいますが)「出荷停止を起こさずに、チルド商品の受発注と出荷が安定して回る状態を、切替後◯週間で実現する」のように、顧客や現場に起こる現象で書く。 ここで初めて、KPIが“何を測る道具か”になります。KPIは、飾りではなく警報器です。

次に、KPIを「最終の成果(KGI)とつなぐ」設計をします。KGIはざっくり言うと「儲かったか」「コストが下がったか」「売上が伸びたか」など最終の財務成果です。経済産業省の調査分析でも、KPIとKGIの連携や、ステークホルダーへの開示に取り組む企業群が示されていますが、重要なのは“連携するかどうか”以前に「連携できる粒度のKPI」になっているかどうかです。 研修受講率が悪いわけではありません。ただ“研修受講率が上がると何が起きるか”が言えないと、研修は盛り上がり、現場は変わらず、資料だけが太ります。

三つ目は、「先行指標(早めに異常を検知できる指標)」を置くことです。DXの怖さは、失敗が“大事故”として出るまで、兆候が散らばっている点です。学術研究でも、DX戦略からKPIを設定する議論は多い一方、KPIの目標設定・評価・アクションまで落とし込む実行レベルのガイドが不足している、という問題意識が提示されています。 だからこそ、先行指標は「ショートカット」です。例えば「出荷遅延が起きる前の、受注データ不整合の発生件数」や「手作業での補正回数」など、現場が“まず困るところ”に寄せる。

四つ目は、数字に“停止条件”を付けることです。ここが一番現実的で、一番難しい。なぜなら停止条件は、目標の半分くらい「撤退の約束」だからです。でも撤退の約束がないと、大義名分プロジェクトは止まれません。コミットメント・エスカレーションの研究が示すように、撤退判断は心理的・社会的コストを伴い、責任や監視が強いほど歪みやすい。だからこそ、撤退を「勇気」ではなく「手続き」にする。

最後に、評価制度をほんの少しだけ変えます。DXのKPIを“個人評価の点数”に直結させすぎない。ここでグッドハートの法則が顔を出します。測定値を管理のために使うほど、その測定は歪み、ハックされ、信頼できなくなる――といった趣旨の指摘は、指標論の文脈で繰り返し語られています。 だから「KPIの達成」を褒めるより、「KPIが悪化したときに早く出した人」「悪化を隠さなかったチーム」を褒める。心理的安全性を落とさない、というのは結局そこです。

……と、ここまで書くと「やること多いな」と思うでしょう。安心してください。私も思いました。だから現実的にいくなら、まずはこの二択です。

切替日KPIの魔力に飲まれそうなら、いったん「段階的に切替える」に倒す。
KPIを増やすか迷ったら、だいたい減らす(警報器は多すぎると鳴りっぱなしになる)。

まとめ

「KPIがフワッとしすぎて失敗したDX」は、失敗というより、未完成の脚本を撮影し始めた悲喜劇です。現場は真面目に走っている。外野は正しく心配している。両方が正しいのに、うまくいかない。だからこそ、笑いに変えられる余地があります。

教訓は、派手ではありません。

DXは「システムを入れる」ことではなく「仕組みを変える」こと。仕組みが変わったかどうかを測るには、成功の定義が先に要る。
KPIは“進捗報告の飾り”ではなく、“悪いニュースを早く持ってくる装置”である。だから先行指標と停止条件が効く。
そして、KPIがフワッとするほど、人は撤退できなくなる。責任と監視と自己正当化が、撤退の言葉を飲み込む。だから撤退は勇気ではなく手続きにする。

最後に、今日の外野の一言を、当事者の自分に贈ります。

「KPI、フワッとしてるけど……まあ、いけるっしょ?」

――その“まあ”が、いちばんコスト高い。

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