秋の蚊を優しく叩く逃げられる

散文
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夜も深まりかけた秋の部屋、灯りの下で静かにページをめくると、ふと耳元に蚊の羽音がかすかに響く。夏の名残をかすかに抱えたこの小さな虫は、秋が深まるにつれどこかその存在感を失っていくものだが、まだこうして、夜の静寂を縫うように漂っている。

手をそっと持ち上げ、できるだけ音を立てぬように蚊を叩こうとするが、その一瞬のためらいがあったせいか、気配を察して蚊はふわりと空へ逃げ去る。叩きつぶすこともできたかもしれないが、そのか細い存在に、なぜか殺生の意欲が湧かない。夏の終わりを感じさせるこの小さな生き物が、もうそう遠くないうちにひっそりと消えていくことを思うと、ただ去りゆくものへの優しい眼差しを向けたくなる。

蚊はやがて、ふたたび周囲にゆるく円を描きながら、静かな部屋を飛び続ける。秋の気配が濃くなると、こうした小さな命にも季節の儚さが宿り、一つの音、ひとつの影さえ、遠い記憶のかけらのように思えるのだ。そっと手を引っ込め、あえて叩かずに見送ると、自分の中にわずかに暖かい感情が残るのを感じる。

しばらくして蚊の姿も音も消え、部屋にはただ、秋の静かな夜気が満ちている。逃げられたその一瞬のやりとりが、静かな余韻を残し、部屋の片隅に秋の名残が漂うようだった。

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