水落ちる傍に椿の落ちてをり

散文
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水の音が、途切れることなく耳を打つ。石の間から流れ落ちる細い水筋は、光をかすかにまといながら、冷えた土へと染み込んでいく。ふと、その傍らに目をやると、赤い椿がひとつ、ころりと落ちていた。

落ちたばかりの花は、まだ傷ひとつなく、むしろ生きているときよりも濃く艶やかな色を放っている。まるで水の音に誘われるように、静かにそこへ辿り着いたかのようだった。散るでもなく、朽ちるでもなく、ただ落ちる。それだけのことが、ひどく美しく思えた。

椿は、自らの落ちる場所を選べるわけではない。けれど水の傍で息を止めたその姿には、不思議と迷いがない。水は絶えず流れ、椿は動かない。触れ合うことのない二つの存在が、同じ場所でひとつの景色をつくっている。

やがて椿の色は褪せ、花びらは水に運ばれてゆくのだろう。けれど今日の午後、水の音と椿の赤は確かに隣り合い、そこに春の静けさを刻んでいた。何も語らぬ花と水のあいだに、まだ名付けられていない時間が静かに流れていく。

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