少しだけ毒あるらしき鰯雲

散文
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空には広がる鰯雲が、薄く淡い秋の日差しを受けて輝いている。まばらに浮かぶその雲は、軽やかで無垢に見えるが、よくよく目を凝らすと、どこかに一筋の影が差し込んでいるようにも見える。少しだけ毒が潜んでいるかのような、その微かな不穏さが空気の中に混じり込んでいる。美しい光景に潜むものは、静かにしかし確かに、心をざわつかせる。

鰯雲は、その名の通り群れを成して漂いながらも、一つ一つがかすかな毒を含んだ存在として見えてくる。秋の空に浮かぶそれは、何かの前触れを予感させるかのように、遠くでじっと動かない。どこか懐かしくもあり、同時に言い知れぬ不安を伴うその風景は、人の心に両極の感情を呼び起こす。

目を細めて空を見上げると、その雲の向こうに広がる青空が、かつての無邪気な日々を思い出させる。だが、そこに重なる鰯雲の影は、もう戻れない過去や失われた時間をほのめかしている。あの頃は、雲も空もただ透明なものだったはずなのに、今はどこか曇りがちな色が見えてしまう。それが毒なのか、それともただの心の影なのか、判別はつかない。

やがて夕暮れが訪れると、鰯雲はゆっくりと形を変え、やがて溶け込むように空の彼方へ消えていく。しかし、その消え方さえ、どこかに余韻を残し、はっきりとした終わりを告げない。少しだけ毒を含んだその雲の記憶は、秋の空とともに心の中に漂い続ける。秋の夕焼けに染まる空は、静かにその不穏さを飲み込み、ただ一瞬の儚い美しさだけを残して。

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