桃太郎の仲間は報酬で動いたのか、正義感で動いたのか

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エグゼクティブサマリー

結論を先に言うと、犬・猿・雉をめぐるテキスト上の「入口」は、かなりの割合で報酬です。とくに、先行研究が再録する明治二十年(一八八七)の『尋常小学読本』では、桃太郎自身が鬼ヶ島へ「宝物を取り」に行くと言い、犬は「一つ下され、お供いたしませう」と団子を求め、勝利後には戦利品を「犬猿雉にも分けてやりました」。この並びだけを見れば、道中の同盟はまず食べ物と分配で結ばれている、と読むのが自然です。ところが、地方口承では「鬼の生き肝で祖母の腰を治す」ために鬼退治へ向かう話もあり、現代の標準化された教材では「鬼が村人から食べ物や宝物を奪うから退治する」と、道徳的・共同体的な理由づけが明確になります。つまり、古い層ほど「報酬を媒介にした参加」が前景化し、近代以降の教科書・教材ほど「正義」が上塗りされる、というのが大きな流れです。 

ただし、「だから桃太郎の仲間は食いしん坊な傭兵でした」と切って捨てるのも乱暴です。各異本で鬼退治の目的は、宝物獲得、祖母の治療、村の秩序回復、さらには国家の大義へと変化しますし、仲間の顔ぶれそのものも固定ではありません。近代民俗学・比較文化史の研究は、そもそもこの物語を、単純な善玉悪玉の道徳劇ではなく、出生譚、小さ子信仰、地域伝承の変形、教育・国家による再編成の総体として読んできました。したがって、もっとも説得力があるのは、「報酬か正義か」の二択ではなく、報酬をきっかけに結ばれた同盟が、物語によって共同体的な正当性を帯びるという折衷的な読みです。なお、唯一絶対の「原典」は未指定であり、ここでは江戸期の版本、教科書化された標準型、代表的口承、近代文学的異本をまとめて比較対象にしています。 

まずは原典の足場を固める

まず大事なのは、「桃太郎には、一冊の揺るぎない原典がある」という思い込みを、いったん縁側に置いてもらうことです。近年の研究でも、桃太郎が口承の昔話として成立した時期は室町末から江戸初期あたりとみる説が有力ですが、確定年はわかっていません。年記入りの最古の文字資料としてよく挙げられるのは、享保八年(一七二三)の豆雛本『もゝ太郎』で、この段階では、桃を食べて若返った老夫婦が子をもうける回春型で、猿・雉・犬を伴って鬼ヶ島へ向かい、宝物を得て帰ります。つまり、われわれが今ふつうに思い浮かべる「桃から生まれ、犬猿雉を従え、鬼ヶ島で宝を得る」形は、最初から一枚岩ではなく、いくつかの型が重なってできたものです。 

そのうえで、代表的な異本・系統をざっと並べると、風景がよく見えます。

・享保八年(一七二三)豆雛本『もゝ太郎』は、成立年がわかる最古級の版本で、江戸の出版文化のなかに現れた回春型です。仲間は猿・雉・犬で、鬼ヶ島へ行き宝物を得る筋がすでに見えています。 

・草双紙系の『再板桃太郎昔語』は、研究上しばしば重要視される版ですが、国書データベース上の刊年は未指定です。山崎舞の研究は、この種の江戸期桃太郎本の変転を、回春型・果生型のせめぎ合いも含めて検討しています。 

・明治二十年(一八八七)の『尋常小学読本』は、桃太郎を初めて学校教材に採用したことで決定的です。ここで犬・猿・雉の三匹はほぼ標準装備となり、以後の「みんなが知っている桃太郎」の骨格が全国に広がっていきます。 

・島根県八束郡八束町二子で語られ、島根県立古代出雲歴史博物館が掲載する口承では、鬼退治の目的は「鬼の生き肝」で祖母の腰を治すことです。動機そのものが、宝取りでも国家道徳でもなく、家の中の切実な治療になっています。仲間の登場順も犬→雉→猿で、細部の手触りが標準型とずれます。 

・岡山県川上郡成羽町小泉の系統では、お供が「臼・ドングリ・蟹」といった猿蟹合戦型の助っ人に置き換わる例があり、香川県仲多度郡多度津町佐柳島長崎では雉と犬だけが同行する例もあります。猿・雉・犬は、今でこそ「三点セット」に見えますが、地方伝承では案外しなやかに入れ替わります。 

・近代文学的異本としては、芥川龍之介の「桃太郎」(一九二四)が別格です。ここでは黍団子は露骨に取引の道具となり、仲間たちは半分の団子や宝物の取り分をめぐって動きます。昔話の腹の中にあった「報酬の論理」を、芥川がわざと表に引っぱり出した版だと言ってよいでしょう。 

この一覧だけでも、桃太郎は一枚絵ではなく、版木の刷り重ねみたいな物語だとわかります。犬・猿・雉がいつも同じ顔つき、同じ理由でついて来るわけではない。この時点で、問いは「報酬か正義か」から、「どの時代・どの地域・どのテキストでは、どちらが前に出るのか」へ、少し精密になります。 

台詞と行動を顕微鏡でのぞく

まず、いちばん大事な場面――腰の団子袋が、ただの弁当か、契約書か、旗印か――を見ます。明治二十年の教科書桃太郎を先行研究の再録で追うと、桃太郎は鬼ヶ島へ宝物を取りに行きたいと言い、犬は「一つ下され、お供いたしませう」と申し出ます。猿と雉も「犬とおなじやうに」団子をもらって随行し、勝利後には宝物が「犬猿雉にも分けてやりました」。ここには、報酬の提示、従軍、分配という、ほとんど小さな契約の三段活用があります。正義の旗はまだ立っていないわけではありませんが、少なくとも台詞の順番としては団子が先、理念は後です。 

は、どの版でも最初に契約を結びやすい役者です。明治二十年教科書でも、現代の国際交流基金教材でも、犬は団子を見て「一つください」と求め、桃太郎は「一緒に来るならあげましょう」と応じます。しかも戦闘に入ると、犬は前線で噛みつく担当になる。つまり犬は、まず食で釣られた参加者として入り、あとから忠実な突撃役へ変わるのです。入口は報酬、出口は忠義。犬はこの二つを、かなり素直につないでいます。 

は、三匹のなかでいちばん「打算」が見えやすい存在です。教科書では犬と同型反復で参加し、鬼ヶ島では塀を乗り越えて内側から門を開く、つまり技能職です。さらに芥川版になると、猿は団子半分では足りないと不満をこぼし、桃太郎に「宝物は一つも分けてやらないぞ」と言われると、ぐっと態度を変えます。ここまで来ると、猿はもはや「正義の義勇兵」というより、条件交渉する専門職です。芥川が意地悪なのではなく、もともとの物語にある取引の骨を、彼がレントゲンで見せたのだ、と考えると腑に落ちます。 

は、いちばん理屈を語らず、いちばん機能で語る仲間です。明治二十年教科書では、雉は真っ先に屋根を飛び越え、猿は塀を越え、犬と桃太郎が門から突入します。雉は空から突破口をつくる斥候・攪乱役で、現代教材でも鬼の目をつつく役目が強調されます。ところが地方口承では、その雉がまるごと消えることもあるし、逆に犬と雉だけが残ることもある。つまり雉は、道徳の代弁者というより、役割分担の駒として配置されている可能性が高い。象徴的である前に、まず戦術的なのです。 

地方口承を見ると、この「まず団子、つぎに同行」はさらにあからさまです。八束町二子の話では、犬は「一つちょうだい、食うてついて行く」、雉は「一つちょうだい、ついて行く」、猿は「腰の団子を一つくれたらお供をすうが」と言う。ここには、抽象的な大義名分よりも、もっと体温のある現実――腹が減る、食う、ついて行く――があります。しかも行き先は、祖母の腰を治すための鬼の生き肝取りです。だからこの版では、仲間たちは団子で参加し、家族の治療という共同目的に巻き込まれていく。このねじれ具合が、むしろ昔話らしい。正義は後から言葉になるけれど、最初に響くのは腹の音です。 

学者たちはどこを見てきたか

民俗学の側では、柳田國男の桃太郎の誕生が大きな出発点です。この本の紹介文が示すように、柳田は桃太郎を一寸法師や瓜子姫と並ぶ「小さ子」物語としてとらえ、古い信仰や物語構造の由来を問いました。つまり柳田の問いは、「犬たちは高い時給で雇われたのか」でも「高潔な正義感だったのか」でもなく、なぜこういう子が生まれ、こういう物語型が広がるのかに向いています。物語の焦点を動機論から構造論へずらした、という意味で、柳田の視線は今も効いています。 

石田英一郎の桃太郎の母は、その視線をさらに比較文化史へ押し広げました。講談社やCiNiiの書誌説明では、石田は桃太郎や一寸法師に見られる「水辺の小サ子」の背後にある母性像を、原始的な母子神信仰へさかのぼって考えています。ここまで行くと、犬猿雉の参加動機はもはや主問題ではなく、物語全体がどんな深層の想像力から生まれたかが問われます。正義か報酬かという近代的な二者択一だけでは、この層はすくい取りにくい。 

一方で、最近の研究は「桃太郎は一つではない」ことを、ずいぶん具体的に見せてくれます。花部英雄の著書は、一五三か所の伝承地をリスト化しており、近年の山行き桃太郎研究も、山陰・山陽・四国にまたがる多様な口承を整理しています。そこでは、鬼ヶ島へ行かない桃太郎、仲間が三匹でない桃太郎、祖母の治療に向かう桃太郎、猿蟹合戦ふうの助っ人を率いる桃太郎が並びます。要するに、学術的にいちばん堅い共通認識は、「桃太郎は変異が多すぎるので、単一の心理設定に還元しにくい」ということです。 

教育史の研究は、もう一つ別のことを教えてくれます。滑川道夫を引く先行研究では、一八八七年教科書の桃太郎にはまだ「民話的な面影」があり、鬼ヶ島行きの理由も宝物獲得に近いとされます。ところが明治三十三年(一九〇〇)の修身書では「此の課は義勇孝行の徳を養う主とす」と明記され、さらに読解指導史の研究では、授業の主眼が犬・猿・雉と桃太郎の主従関係を読み取らせることに置かれていました。ここで桃太郎は、昔話の主人公から、だんだん学校の優等生へ、さらに国家の模範児へと着替えていきます。 

そして加原奈穂子が論じたように、近代には桃太郎が「昔話の主人公」から「国家の象徴」へ押し上げられていきました。教材採用の継続、地域イメージの形成、戦時下の動員が重なるなかで、鬼退治は「善いこと」の代表みたいな顔をし始める。ここまで来ると、仲間たちの動機も、個人的な腹具合より「大義」を帯びて読まれやすくなるわけです。 

報酬と正義を天秤にかける

まず報酬説が強い理由は、テキストがあまりにも素直だからです。仲間たちは、鬼の悪行を論じてから参加するのではなく、たいてい最初に「腰のものは何だ」と聞き、「一つください」と言います。明治二十年の教科書では桃太郎自身の出発理由が宝物獲得で、戦後には分配まである。八束町の口承でも動機の引き金は団子ですし、芥川版ではその取引性がさらに誇張され、半分の団子と宝物の取り分が露骨に問題になります。動機の表面だけを見るなら、犬・猿・雉はかなりはっきり現物支給で動いている。この点は、正直かなり動かしがたいと思います。 

ただし、正義説にもちゃんと足場があります。現代の国際交流基金教材では、鬼は「あちこちの村」に現れ、村人から食べ物や宝物を奪っており、桃太郎はそれを止めるために出発します。鬼退治は明確に被害回復であり、しかも最後には盗まれた宝物を返す。この形になれば、仲間たちの行動は、黍団子を受け取ったとしても、単なる買収ではなく、村を守る行為に見えてきます。近代教育がこの道徳的側面を強調したのも自然で、修身書の「義勇孝行」はその典型です。 

とはいえ、私は「純報酬説」と「純正義説」の両方に足りないものがあると思います。犬は地上戦、猿は登攀と開門、雉は飛行・偵察と攪乱。役割はきれいに分かれていて、物語の中では一種の分業体制ができています。地方口承では、祖母の治療や家の再建、怪力の社会的発見など、共同体の存続に近いテーマが前に出ることも多い。教育研究でも、昔話が共同体のなかで多様な能力を学ばせる契機になってきたと指摘されています。ここから先は私の推論を含みますが、きびだんごは「賃金」であると同時に、「この隊に入る」という加入儀礼でもあったのではないか。腹を満たす小さな報酬が、そのまま協働の印章になる。昔話の団子は、案外、契約印みたいな顔をしています。 

さらに、象徴的な読みもあります。図書館のレファレンス事例などでは、犬・猿・雉を申酉戌に結び、鬼の丑寅に対抗する裏鬼門の動物とみる解釈が紹介されています。これは面白い読みで、確かに「なぜよりによってこの三匹か」を説明する力があります。ただし、一次テキストそのものは、仲間たちに「私は方位の象徴です」とは言わせません。ですからこの説は、一次テキストの心理分析というより、後代の象徴読解として扱うのが慎重でしょう。比喩で言えば、物語の骨そのものというより、後から着せられた立派な羽織です。羽織はよく似合うけれど、骨格そのものではない。 

歴史の風が物語を塗り替えた

江戸の出版文化に入ると、桃太郎はぐっと「増殖しやすいコンテンツ」になります。近年の研究によれば、文久年間までの約一八〇年に、桃太郎の草双紙は八十二点を超えたとされ、続編や他説話との合体も現れました。たとえば『桃太郎大江山入』では、犬・猿に加えて猪・熊が配下となり、のちに雉子・兎とも遭遇する。こうなると、仲間は固定メンバーというより、話を転がすための拡張パックです。ここでは「正義の象徴三獣」というより、おもしろく戦わせるための可変キャストとしての性格が強まります。娯楽が物語を揉むと、動機はしばしば立派さより回転率を優先します。 

ところが明治以降、学校教育がこの物語を全国流通の標準品にします。教科書編纂の方針は、方言や「鄙野」な要素を避け、談話体でわかりやすい材料を選ぶことでした。先行研究が指摘するように、この過程で、地方ごとの怠け者桃太郎や、猿蟹合戦ふうの助っ人版などは薄まり、全国で通じる「普遍的桃太郎」が太くなっていきます。腰袋の団子はまだ残っていても、その袋の上には少しずつ「道徳教材」と書かれた札が貼られる。物語が制服を着せられていく瞬間です。 

さらに昭和に入ると、その制服は軍服に近づきます。国立国会図書館の展示では、一九三一年に『桃太郎主義教育新論』が刊行され、「我が国民教育は桃太郎の主義によってなされるべきだ」とする議論が紹介されていますし、映像研究の抄録では、桃太郎の海鷲が海軍省後援で真珠湾攻撃をモチーフに制作され、つづく桃太郎 海の神兵がプロパガンダ映画として日本の勝利へ収束する構造を持つと指摘されています。こうした歴史を見ると、私たちが「桃太郎=正義」と感じやすいのは、昔話そのもののせいだけではなく、教育と国家が長いあいだ、その読み方を押し広げてきたからだとわかります。 

結論

では、問いに真正面から答えます。犬・猿・雉は、少なくとも多くの代表的テキストの表面では、まず報酬で動いています。 団子を見て、団子を求め、団子をもらって同行し、版によっては宝物の分配も受けるからです。とくに一八八七年教科書の「宝物を取りに行きたい」という出発理由と、勝利後の分配は、報酬説にかなり強い追い風を送ります。もし二択を迫られるなら、「原型に近い層」「江戸〜明治初期の民話的テキスト」に関しては、正義感より報酬説のほうが一歩前に出る、これが私の結論です。 

ただし、その報酬は、単なるアルバイト代ではありません。地方口承では鬼退治が祖母の治療や共同体の回復につながり、近代以降の教科書や教材では、鬼の被害を止める正義の物語へと整えられていきます。さらに、役割分担の鮮やかさを見ると、仲間たちは「団子で雇われた三匹」というより、団子をきっかけに一つの隊へ編成された協働者と見るほうが、物語全体にはよく合います。だから最終的には、「報酬か正義か」の答えは、私はこう書きます。もっとも説得力があるのは、〈報酬を媒介にした共同体的な協働〉説である。純粋な正義感だけでは説明が足りず、純粋な打算だけでも物語の重心を外す。 そして、この結論にはなお不確実性があります。唯一の原典は未指定で、異本の地域差が大きく、仲間の顔ぶれも動機もかなり揺れるからです。桃太郎の腰袋には、どうやら団子といっしょに、解釈の余白まで入っているのです。 

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