「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の波は、いよいよ刑務所にも押し寄せています。刑務所のDXとは、最新のデジタル技術を活用して受刑者の更生や刑務所運営を効率化し、再犯防止や円滑な社会復帰を実現しようという取り組みです。実は世界では既に様々な試みが始まっており、日本も少しずつ動き出しています。今回の記事では、一般の方にもわかりやすく、刑務所DXの具体例を国内外から紹介します。ポイントとなる技術は以下の4つです:
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受刑者の行動データ管理(データを活用した見守り・管理)
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AIによる再犯リスク分析(人工知能で「再犯しそうか」を予測)
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遠隔教育の導入(タブレットなどで学習機会を提供)
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VRを用いた更生訓練プログラム(仮想空間で社会復帰の練習)
それぞれの技術が実際に刑務所でどう使われ、どんな効果を生んでいるのか、順番に見ていきましょう。
Contents
受刑者の行動データ管理の高度化
刑務所では昔から職員が受刑者を見回り、安全を維持してきました。DXにより、カメラやセンサー、ウェアラブル端末で受刑者の状態を データとして蓄積・分析 しようとしています。例えば日本の法務省は、受刑者の情報をデジタル化し一元管理する新システムの導入を計画中です。データを活用すれば、受刑者一人ひとりの処遇状況をきめ細かく把握でき、再犯防止策の効果も見える化できると期待されています。
海外ではさらに先進的な例があります。アメリカの一部刑務所ではリストバンド型のウェアラブル端末を受刑者に着けてもらい、心拍数や位置情報を常時モニタリングしています。たとえばジョージア州で導入が始まった「Talitrix」というシステムでは、受刑者が誰とどこで接触したかを30秒おきに3次元マップで記録し、心拍の異常があれば即座に職員へ通知します。これにより喧嘩や体調不良、自殺未遂などの兆候をいち早く察知し、防止できるといいます。人手不足に悩む刑務所では、このような“見守りの自動化”が安全確保に役立っているようです。
一方、監視テクノロジーの行き過ぎには注意も必要です。例えば韓国では受刑者の見回りに自律走行ロボットを試験導入したことがあります。ロボットに内蔵された3DカメラとAIが受刑者の不審な動きや自傷行為の兆候を検知し、異常時には人間の看守に通報する仕組みです。確かに職員の負担軽減にはなりますが、「人間同士のふれあいが減りすぎるのでは」という声もあります。中国の一部刑務所ではAI搭載カメラが独房内まで24時間監視し、少しの動きも記録・分析しています。安全は高まる反面、プライバシーや受刑者のストレスへの影響も指摘されており、技術と人間らしさのバランスが課題となっています。
AIで「再犯リスク」を分析
刑務所DXの中でも注目を集めるのが、人工知能(AI)による受刑者の再犯リスク分析です。簡単に言うと、「この人は出所後に犯罪を繰り返してしまう可能性が高いか低いか」をAIがデータから予測する技術です。アメリカでは裁判所や仮釈放の審査で、こうしたリスク評価ツールが実際に使われ始めています。
例えばペンシルベニア大学のリチャード・バーク教授が開発したモデルは、逮捕歴や犯罪履歴などから再犯可能性を予測し、フィラデルフィア市で保釈(釈放するかどうか)や保護観察の強度を決める参考に使われました。このAIモデルを保釈の判断に用いた仮定では、保釈後に再犯してしまう人の割合が従来の半分程度に減るというデータもあります。つまり、人間の勘だけで決めるより、AIの助言を取り入れた方が結果的に安全性が高まる可能性が示唆されたのです。
とはいえ、この分野には慎重な議論も必要です。AIの予測精度を上げるために、膨大な過去データを学習させるのですが、その中に人種や貧困といった偏りが混じっていると、AIも偏った予測をしてしまいます。実際、アメリカのフロリダ州で使われたある再犯予測ソフトでは、黒人の受刑者を「高リスク」と判定する割合が不自然に高く、人種差別的ではないかと問題になりました。また米ルイジアナ州では、本来は受刑者ごとに適切な更生プログラムを提案するためのアルゴリズムだった**「TIGER」**というシステムを、仮釈放を認めるかどうかの唯一の基準に使ってしまい、「過去の履歴だけで機械的に判断され人間性が無視されている」と批判されています。要するに、AIの判断に丸投げせず、人間が公平性に目を配りながら活用することが大切だということです。
日本ではまだAIによる再犯リスク分析は研究段階ですが、将来的には保護観察や更生プログラムの計画に活かすことが検討されるかもしれません。「この人にはどんな支援が必要か」をデータから客観的に考えるツールとして、人権に配慮しつつ活用していく道が模索されています。
タブレットや遠隔教育でチャンスを拡大
刑務所の中で教育を受ける機会を増やすことは、再犯防止に極めて効果的だと知られています。学び直しや職業訓練によって出所後の就職率が上がれば、犯罪に手を染めずに生活を安定させやすくなるからです。アメリカではこの点にDXをフル活用しており、多くの施設でタブレット端末による遠隔教育プログラムが導入されています。
例えば米国の大手矯正テック企業ViaPath社は、オンライン高校と提携して受刑者がタブレットで高卒資格(GED)取得の勉強ができるプログラムを開始しました。すでに全米で約2,000の刑務所・拘置所に合計70万台以上のタブレットが配布されており、今後さらに多くの受刑者がこの仕組みを利用できる見込みです。タブレットにはインターネットには繋がらないものの、教育教材や電子書籍、許可された相手とのメール機能などが備わっており、独学や通信教育が可能になっています。ニューヨーク州でも2018年に州内の刑務所で5万台以上のタブレットを受刑者に無償配布し、学習や家族との通信に役立てる試みが始まりました。
教育充実の効果はデータにも表れています。米ランド研究所の調査によれば、刑務所内教育に1ドル投資すると、出所者の再犯率低下による刑務所維持コストの削減効果が4~5ドルにもなるという試算があります。また、実際にプログラムを受けた人の再犯率が劇的に下がったケースもあります。米カリフォルニア州サンケンタンサ刑務所で始まった「ザ・ラストマイル」という受刑者へのプログラミング教育プロジェクトでは、これまでに460人以上がコーディングを学び、その卒業生の再犯率はなんと0%だったとの報告があります(同地域の平均的な再犯率は約55%といわれます)。教育によって職を得た人は得ていない人に比べ再犯しにくいという統計はイギリス政府も発表しており、2019年にはイギリスの刑務所でも受刑者にプログラミングを教える試みがスタートしました。
日本でも、近年は若い受刑者にタブレットを使って学び直しをさせる試みが始まっています。たとえば山口県美祢市の美祢社会復帰促進センターでは、高校中退者など学歴が十分でない20代の女性受刑者を対象に、タブレット教材を活用した高校卒業程度の学力向上プログラムが実施されています(※NHKニュース等より)。まだ全国的な導入には至っていませんが、今後は日本の刑務所でも通信教育やeラーニングを取り入れ、「塀の中にいながら学べる環境」を整えていこうという動きが出てきそうです。
VRで体験する更生プログラム
刑務所DXの中でも、VR(仮想現実)は受刑者の更生プログラムにユニークな可能性をもたらしています。VRゴーグルを装着すれば、刑務所にいながらにして外の世界を仮想体験できます。この特性を活かし、出所後の生活に必要な経験を積ませたり、心理面のケアを行ったりする取り組みが各地で始まっています。
まず社会復帰支援の例として、アメリカ・コロラド州の刑務所では長期収容者に対し「スーパーで買い物をする」VR訓練が行われました。10代で刑務所に入り何十年も社会を知らない受刑者が、仮釈放で外に出る前に現代の買い物の流れを練習できるようにしたのです。VR空間のスーパーにはセルフレジがあり、受刑者はVRコントローラーで商品をカゴに入れ、レジ打ちを疑似体験します。現実の店員さんとのやり取りまでは再現できませんが、「商品が溢れる店内に圧倒される」「セルフレジの使い方に戸惑う」といった問題を事前に疑似体験で発見し克服する狙いがあります。コロラド州では早期釈放を目指せる若年受刑者向けプログラムの一環で導入されており、受講者は「貴重な経験ができた」と前向きです。
VRはまた、更生プログラムの幅を広げるツールにもなります。従来、刑務所内では経験できる職業訓練に限界がありました。しかしVRなら工事現場の作業から介護の現場まで、様々な職業体験を疑似的に行えます。日本でも2024年3月、栃木県の黒羽刑務所で国内初のVR職業体験プログラムが実施されました。受刑者たちはゴーグルを付け、建設作業のシミュレーションや高齢者の介護体験にチャレンジしました。刑務所では体験できなかった介護の所作も、VR空間でなら学ぶことができます。参加した受刑者からは「実際に体験できるのは得難い経験で、とても良かった」との声が上がっています。刑務所としても、VRを活用して様々な仕事の魅力を伝え、出所後の就労意欲を高めたい考えです。
さらに、VRはメンタルケアや意識改革にも役立ちます。北欧フィンランドでは、受刑者にバーチャルな自然体験を提供する試みがあります。タンペレ大学と刑務所当局が共同で開発した「バーチャル・フォレスト」というVRプログラムでは、森の中にいるかのような映像と音響を体験できます。初期研究では、緑豊かな仮想自然空間で過ごすことで受刑者のストレスが軽減し、感情コントロール能力が向上する効果が報告されています。実際にVRをリラクゼーションや不安障害の治療に活用する試みは医療分野でも成果が出ており、刑務所でもカウンセリングと組み合わせることで心理的安定や更生意欲の向上につなげられると期待されています。
他にも、アメリカのいくつかの州ではVRを使って攻撃的な衝動を抑えるトレーニングをしたり、被害者の気持ちを疑似体験して共感を育むといった教育プログラムも検討されています。背景には、深刻な再犯率に対する危機感があります。コロラド州では州予算約10億ドル(約1,100億円)を刑務所に投じているにもかかわらず、釈放者の約半数が再び刑務所に戻ってくるという全米でも最悪レベルの再犯率が課題となっていました。VRなど新技術の導入は万能薬ではありませんが、「塀の中」と「社会」をつなぐ新しいアプローチとして注目されているのです。
おわりに:未来の刑務所と再犯防止
刑務所のDXによって実現しつつある未来像を、国内外の事例から紹介してきました。AIやVRというと最先端で難しく感じるかもしれませんが、狙いはどれも「受刑者が安全に更生し、二度と犯罪に走らないようにすること」にあります。海外では、アメリカや中国のようにセキュリティ強化を重視する動きがある一方、北欧諸国のように教育・福祉にテクノロジーを活かそうとする動きもあります。日本も少子高齢化で人手不足が進む中、監視や事務作業の効率化だけでなく、受刑者一人ひとりに向き合ったきめ細かな処遇のためにDXを活用していくことが求められるでしょう。
もちろん、技術はあくまで手段であり、人間の尊厳や人情を置き去りにしてはいけないという指摘も大切です。カメラやAIに任せきりでは見えない心の機微もあります。これからの刑務所運営では、アナログな人間のケアとデジタル技術を上手に両立させ、「安全」と「更生」の双方を追求していくことが理想です。
刑務所のDXは始まったばかりですが、今回紹介したような事例は確実に成果を上げつつあります。教育を受け資格を取れた人が増えれば、出所後の社会には**「もう一度やり直すチャンス」**が生まれます。VRで社会勉強をした人が、不安を減らして自信を持って出所できれば、私たち地域社会にとっても安全・安心につながります。デジタル技術がもたらす変革によって、犯罪のない明るい未来が少しでも近づくことを期待したいですね。

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