春の雲は、どこまでも遠くに浮かんでいる。青く薄い空の端に、ぼんやりと白いかたまりが見える。けれど目を凝らすと、その雲は手を伸ばせば届くほど近くにも思える。遠くて小さく、近くて大きい。春の雲はいつも、距離というものの頼りなさを教えてくる。
形を定めることなく流れる雲は、見上げるたびに姿を変える。さっきまで小さなひと筋だったものが、いつの間にか大きく膨らんで、空の半分を埋めている。かと思えば、指先の隙間からするりと消えて、空には何も残らない。
遠いものほど手に触れたくなり、近いものほど見失いやすい。春の雲はそのどちらでもあって、そのどちらでもない。触れられそうで触れられず、見失いそうで目を離せない。目の奥に浮かぶ雲の記憶は、形を持たないまま心のどこかに沈んでいく。
遠くて小さく、近くて大きいものは、きっと雲だけではない。春という季節そのものが、そんな手触りをしている。見上げる空に今日も浮かぶ春の雲。掴めなくても、それを追うことで知ることがある。遠くて小さく、近くて大きいものの本当の姿を。
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