麗らかやステーキ三五〇グラム

散文
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春の日差しが窓から差し込み、テーブルに置かれた皿の上でステーキが湯気を立てている。焼き目の香ばしさと肉の脂が混じり合い、麗らかな昼の空気にゆるやかに溶けていく。三百五十グラムという数字は、まるでこの幸福に必要な重みそのもののようだった。

ナイフを入れると、刃先が抵抗なく肉に沈んでいく。その手応えが、妙に安心感を与えてくれる。分厚い肉を前にしたときの、少しばかりの高揚感と、小さな覚悟。春の空気とともに、その感触までもが身体に染み渡る。

桜も梅も、今日だけは忘れていい。ステーキの重さだけが確かな現実として目の前にある。麗らかな春の日に、ただ肉を切り、運び、噛みしめる。その繰り返しが、何よりも豊かに思えた。

春は軽やかで、風も光も頼りなくほどけていく季節。だからこそ、この三百五十グラムという確かな重みが、心にひとつ、風景を定着させる。麗らかな昼の真ん中に、肉の重さが静かに横たわる。人生は案外、それくらい単純でいいのかもしれない。

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