街は音で満ちている。車のエンジン音、人々の話し声、店から流れる音楽、どこか遠くで響く工事の音。それらが折り重なり、絶え間なく世界を震わせている。音の洪水のなかで、静寂というものは、もはや失われた幻のように思える。
そんな喧騒の片隅、冬の冷たい川のほとりで、一羽の鴉が行水をしていた。凍るような水のなか、羽をばたつかせ、鋭く首を振る。飛沫が宙に散り、淡い冬の日差しにわずかに光る。寒さをものともせず、ただ己の身を清めるかのようなその姿は、街の喧騒とはまるで別の時間を生きていた。
寒鴉は、何も語らない。音に満ちたこの世界のなかで、彼の行為は無言のまま貫かれる。ただ水の音だけが、小さく響き、やがて静かに吸い込まれていく。無駄なものをすべて振り払うように、彼は身を震わせ、すっと水から飛び立った。
残された水面には、しばらく波紋が広がり、それもやがて消える。音にあふれる世界のなかで、一瞬だけ訪れた沈黙。その余韻を抱えながら、私は寒鴉の飛び去った空を見上げた。
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