観客も演者もおらぬ冬の虹

散文
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冬の空に、ふいに虹がかかっていた。冷たい雨が過ぎ、雲間から差し込んだ光が、ほんの一瞬だけ色を結んだのだろう。けれど、そこには誰の歓声もなかった。観客も演者もいない、静かな舞台の上で、虹はただ淡く存在していた。

夏の虹ならば、誰かが空を指さし、笑い声が響いただろう。けれど、冬の虹は違う。人々が寒さにうつむき、足早に通り過ぎる間に、ひそやかに現れ、ひそやかに消えていく。まるで誰にも見つかることを望んでいないかのように。

それでも、たまたまこの景色に出会った私は、その儚さに足を止める。声を上げることもなく、ただ目に焼きつけるだけ。虹はそこにあるのに、誰のためでもなく、誰からも気づかれないまま、静かに架かっている。

やがて光の角度が変わり、虹はゆっくりと空に溶けていく。見たことさえ幻だったように、何もなかった冬の空が戻ってくる。しかし、確かにそこに一瞬だけ存在した美しさは、消えたあとも心に残り続ける。観客も演者もいない舞台で、冬の虹は、ただ一人の記憶のなかにだけ、生き続けるのだった。

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