冷たい風が吹き抜け、柵や竹垣を震わせながら、鋭い笛のような音を立てる。虎落笛(もがりぶえ)――冬の風が奏でる、寂しくも張り詰めた響き。その音を聞きながら、ふと初代・中村勘三郎の名を思う。
江戸の芝居小屋に響いたであろう、彼の声や足音。その舞台は、まさに風を切るような鋭さと、流れるような美しさを兼ね備えていたのだろう。荒事の豪胆さ、和事の柔らかさ。役を生きることに命を賭けたその姿は、まるで冬の風そのものだ。強く、激しく、そして消えたあとにも余韻を残す。
虎落笛の音は、風そのものの声ではない。風が柵や竹にぶつかることで生まれる音だ。芝居もまた、役者ひとりで成り立つものではなく、舞台という器、観客の眼差し、共に演じる者たちとの間に生まれるもの。勘三郎が生きた舞台も、まさにそんな響きの連なりだったのだろう。
風が止むと、笛の音も消える。しかし、それがあったことを忘れる者はいない。冬の夜の静けさのなかで、虎落笛は一瞬だけ過去の芝居小屋の空気を思い起こさせる。中村勘三郎という名とともに。
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