冬の澄んだ空気のなか、秀吉を祀る寺の庭を歩く。石畳の先に、ひときわ鮮やかな赤が目に入る。寒椿の花だ。冬枯れの景色のなか、その色だけが際立ち、凛と咲いている。
もしも秀吉がここに立っていたなら、彼の目には何が映るだろうか。天下を手にした男の視線の先には、常に変わりゆく景色があった。戦の煙、築き上げた城、そして、人々の喧騒。けれど、今この庭で彼の像が見つめるのは、静寂のなかに咲く一輪の椿。かつての野心や栄華は遠のき、ただ時を超えて、この花がそこにある。
寒椿は、冬の厳しさに耐えながらも、決して枯れずに咲く。秀吉の生涯もまた、戦乱のなかで己を押し上げ、最後には天下を手にした。しかし、花が散るように、彼の栄華もやがては儚く消えた。それでも、今この瞬間、彼の視線の先には確かに美しいものがある。
風が吹き、椿の花びらが一枚、そっと落ちる。秀吉の見たであろう世界はすでに過去のものとなったが、この寒椿は今も変わらず咲き続けている。彼の像が見守るその先に、ただ静かに、冬の赤が灯っていた。
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