石垣に石の大きさ春浅し

散文
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石垣の前に立つと、冬の冷たさがまだ石の奥に残っているのがわかる。掌をそっとあてれば、硬さよりも、そこに閉じ込められた時間の重みが伝わってくる。無数の石が積み重ねられ、ひとつとして同じ形のものはない。それぞれが選ばれ、嵌め込まれ、互いの隙間に身を寄せ合っている。その姿はまるで、春を迎える準備をまだ整えきれない人の心そのもののようだった。

ふと目を凝らせば、石の大きさの不揃いさが、かえって妙に際立って見える。冬の光では見過ごしていたわずかな隙間や、苔の濃淡までもが、春浅い光に浮き上がる。寒さに縮こまっていた視線が、ようやく細部にまで届くようになる頃、春はまだ遠く、けれど確かに指先に触れる場所まで近づいている。

古びた石の肌には、長い年月を耐えた傷や欠けが刻まれている。そうして傷を抱えたまま、石垣は春を迎えようとしている。冬の間に積もった土埃も、やがて柔らかな雨に洗われ、石たちは少しずつ本来の色を取り戻していく。けれどその色は決して鮮やかにはならない。くすんだままの静かな命が、春の光のなかでひっそり息を吹き返すのだ。

大小さまざまの石たちが並ぶその姿に、かすかな不安と安堵が入り混じる。生きることは、無理に形を揃えることではなく、それぞれの大きさを抱えたまま、そこに在ることなのだと。春の入り口に立つ石垣は、そう語るように静かに佇んでいた。

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