屋根のある電話ボックス春近し

散文
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街角に佇む小さな電話ボックス。かつては人々の声を運び、約束を交わし、時には切なさを閉じ込めていたその空間も、今はほとんど使われることがなくなった。ただ、ガラス越しに見る景色だけが、ゆっくりと季節の移ろいを映している。

屋根の下に守られたその空間は、冬の冷たい風を遮り、静かな温もりを宿している。外の空気はまだひんやりとしているが、ふと差し込む陽射しに、春の予感が滲む。ガラスに映る空の青さが、ほんの少しだけ柔らかくなったような気がするのは、気のせいではないだろう。

かつてのように誰かが受話器を握る姿はほとんど見られなくなったが、それでもこの電話ボックスは変わらずそこにある。雨の日も、風の日も、ずっと街を見つめ続けてきた。季節は巡り、人々の暮らしは変わっても、こうして屋根に守られながら、静かに春を待っている。

やがて春風が吹き、街を行く人々の足取りが軽くなる頃、この小さな箱の中にも、また誰かの声が響くことがあるのだろうか。電話ボックスのガラスに映る光を眺めながら、私はそっと手のひらを温めた。

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