古本屋の棚には、誰かが手放した本が静かに並んでいる。背表紙に刻まれた題名は、どれもかつて誰かの手に取られ、読まれたもの。あるものは愛され、あるものは途中で閉じられたまま、時間のなかに置き去りにされたのだろう。
奥のほう、埃をかぶった一冊を手に取る。ページをめくると、古い紙の匂いが立ちのぼる。書き込みや折り目がないところを見ると、ほとんど読まれることなくここに来たのかもしれない。本は読むためにあるはずなのに、読まれなかった本は、何を思うのだろう。
店の窓の向こうでは、まだ冬の風が吹いている。けれど、どこかに春の兆しがあることを知っている。読まれぬままの本も、もしかすると、誰かの手に取られる日を待っているのかもしれない。今はただ、棚の片隅で静かに時間を過ごしながら。
本をそっと棚に戻し、私は店をあとにする。読まれない本も、冬を越え、春の訪れとともに、新たな読者を待つのだろう。そのことを思いながら、冷たい風のなかを歩き出した。
コメント