旅の終わり、荷物をまとめながら、ふと手に取った一枚のパンツ。出発の日と同じように、静かにそこにある。それは、新しい土地を歩き、見知らぬ空気をまとい、旅の時間をともに過ごした証だった。
旅先で目にした景色、触れた風、交わした言葉。そのすべては記憶のなかに残るが、形として持ち帰れるものは意外と少ない。土産物の袋の隣に、変わらぬ形で畳まれたこの布切れがあることが、妙に心強く思えた。行きと帰りでは何も変わっていないようでいて、確かに違う。旅の時間が、ほんのわずかに生地の奥深くに染み込んでいる気がした。
旅先で新しいものを買い、古いものを手放すこともできたはずだ。それでも私は、このパンツを再び持ち帰る。旅は終わるが、すべてが過ぎ去るわけではない。持ち帰ったもののなかには、目に見えない変化が確かに宿っている。
スーツケースの奥にそれをしまい、私はそっとファスナーを閉める。帰り着いた部屋で、このパンツをまた取り出すとき、旅の記憶がふと蘇るのだろう。初めて訪れた街の匂い、知らない道を歩いた足の感触、遠くの空の色。それらをまといながら、日常の時間へと戻っていくのもまた、一つの旅の続きなのかもしれない。
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