旅支度を整えるなかで、ふと手に取った一枚のパンツ。色褪せ、少し柔らかくなった布の感触が、指先に馴染む。新しい年の最初の旅なのだから、すべてを新調してもよいはずなのに、なぜかこれだけは手放せなかった。長い間ともに過ごし、幾度となく旅にも連れ出したもの。その履き心地だけでなく、そこに染みついた時間や記憶が、私を安心させるのかもしれない。
旅とは、未知のものへ向かう行為だ。見知らぬ土地、初めての景色、予測できない出来事。それらは胸を躍らせると同時に、どこか心細さを伴う。そんななかで、古びたパンツ一枚が、不思議と心を落ち着かせる。変わり続ける世界のなかに、変わらずにあるもの。それを身につけることで、自分の輪郭を確かめるような感覚があった。
新しい年、新しい旅路。しかし、すべてを新しくする必要はないのだろう。過去の時間を内包しながら、それを身につけ、未来へ踏み出すこともまた、旅の一つの形なのかもしれない。スーツケースの奥にそっと折りたたみながら、私は小さく笑った。このパンツが、今回の旅でも変わらず私を支えてくれることを、どこか確信しながら。
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