見開きし虎の眼の二月向く

散文
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机の上に広げられた画集のページに、虎がいた。筆の勢いに乗せられた毛並みは、紙の上にもかかわらず、風を孕んでいるようだった。見開きいっぱいに据えられたその眼は、真っ直ぐにこちらを射抜いていた。息を飲むような緊張感のなかで、ふと気づく。虎が見ているのは、この二月そのものではないか、と。

冬を引きずりながら、春にはまだ遠い季節。乾いた空気に光だけが満ちて、何かを待つには長く、振り返るには短い時間。虎の眼は、その宙ぶらりんな時間をじっと見据えていた。見つめられているのは自分ではなく、季節そのものなのだと思えば、不思議と視線の重さが和らいだ。

二月は、あらゆるものが身を固くしている。水も、大地も、心さえも。そんななか、紙の上の虎だけが、静かに目を見開き、時を凝視している。動くこともなく、吠えることもなく、ただ見つめる。その姿は、冬から春へと橋をかけるもののように思えた。

ページを閉じると、虎の眼は闇に沈む。けれど、その眼差しはどこかに残り、こちらの胸の奥を見つめ続けている気がした。二月の空の下、見開きの記憶だけが、小さな余韻を残して静かに閉じられる。

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