摘みやすき粒より食ふて黒葡萄

散文
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夜露に冷たく照らされた黒葡萄が、一房、手の中に収まる。ひと粒、ひと粒と指先に感触を確かめるように摘み取ると、しっとりとした果皮がやさしく弾け、わずかな甘みと濃密な香りが口いっぱいに広がる。秋の果実はどこか、ほのかな苦みを帯びていて、その奥底に、夏の終わりと秋の訪れが混ざり合うような深みがある。子どもたちが夢中で摘んだ跡なのだろう、残った房は小さく少し寂しげだ。

粒を吟味しながら食べることの不思議な満足感。すぐ手に届くもの、簡単に手放せるものほど、なぜか愛おしさが増す。食べやすい粒から手に取っていくうちに、少しずつ難しい箇所にたどりつく。そのときふと、食べることがただの行為ではなく、季節と対話するひとときであるように思えてくる。葡萄は単なる果実ではなく、夏から秋への時間の流れを体現するもののようだ。

気づけば、房の姿はだいぶ崩れ、葡萄の深い色が夜の闇と溶け合っている。触れた指先には、果汁の冷たさがわずかに残る。口にした果実の甘さの余韻が、心に薄く染みて、秋の静けさと混ざり合いながら、遠い記憶を呼び覚ますように漂っている。秋の夜風が頬をかすめるたび、その余韻はやがて消え去り、次の季節の気配がゆっくりと迫ってくる。

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