母泣いて娘も泣いて寒卵

散文
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台所の隅、朝の冷えた空気のなかに、卵が一つ転がっている。冬の光を受け、白い殻がわずかに冷たく光る。その小さな存在が、妙に静寂を強調しているように思えた。

母が泣き、娘も泣いている。何があったのか、その理由は聞かなくても、涙の質感だけが伝わってくる。言葉にできない哀しみか、あるいは怒りか、それとも、どうしようもない諦めのようなものか。寒い朝のなかで、二人の嗚咽だけが低く響いていた。

テーブルの上には割られぬままの寒卵。寒さのなかで締まり、黄身も白身も濃厚になったその卵は、どこか生命の塊のように見える。けれど、それを割る手はまだない。悲しみが満ちた部屋で、ただぽつんとそこにある。

やがて、涙のあとに訪れる沈黙のなかで、誰かが卵を手に取るのだろう。冷えた指先が、少しずつ温まるように。寒卵は、割られることで初めて、その内に秘めたものを見せる。母と娘の涙の先に、その朝の続きがあることを願いながら、冬の光は静かに降り注いでいた。

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