神社の境内に、一枚の木札が風に揺れていた。絵馬に記された文字は「夢」。誰が書いたのかもわからぬその一字が、冬の冷たい空気の中で、静かに佇んでいる。
枝を払われた木々の間を、寒鴉が低く鳴きながら飛び去る。黒い影が空をかすめ、境内の静寂をほんの一瞬だけ乱して消えていった。鳥の声は遠く、すぐにまた静けさが戻る。冬の朝の光が白く境内を包み、願いのこもった文字だけが、時間のなかに取り残されるようだった。
「夢」。その言葉は、温かくもあり、儚くもある。人はそれを抱いて生きるが、時に冷たい風にさらされ、遠ざかることもある。けれど、それでもなお、ここに刻まれたその一字は、凍える空の下でも消えることなく、ただそこに在る。
寒鴉が去った後の空は冴え渡り、境内には淡い陽が射し込んでいた。冬の厳しさの中でも、願いの言葉は確かにそこにあり、春の訪れを静かに待っているようだった。
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